作業部日誌V3

        

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D&RGWの花形列車 “San Juan”を塗る(3)

色に悩む

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▲今回の塗装に当たっての、主な(紙の本の)参考資料。
NARROW GAUGE PICTORIAL Vol.2(左上)は車番別の外観やレタリング位置の確認に。“SLIM GAUGE CARS”(右上)はモデラー向の図面主体の本で、インテリア配置の参考に。そして下の2冊 “Rio Grande Narrow Gauge In Color”Volume1Volume2 は実車の色調をつかむために。すべて新額堂で手に入れることができた本。


さて、どんな色を塗ろうか。
個人的に、手許のコロラド・ナローの車輛たちの年代設定は、

・入手しやすい完成品(主にBlackstone Models製品)が利用できる
・お気に入りの“Flying Rio Grande”ヘラルドの車輛が存在する
・カラー写真による実物の記録が残っている
・ただし、客車が黄色く塗られる前

といった条件を満たすものと決めているので、必然的に1930年代末~1950年代半ば頃がターゲットになるが、その時代の客車の塗装はいわゆるプルマ ン・グリーンの単色だとされる。しかしひと口にプルマン・グリーンとはいっても、実物の色調はそれこそ鉄道や車種によってピンキリであるし、そもそも自分 は、車輛にこういう“濃い緑色”の単色を塗ることは今まで意図的に避けてきた。日本型を長年やってきた身には、車輛が草木の深いシーナリーに溶け込んで目立たなくなってしまうことに対する漠然とした恐怖があるからだ。コロラド物の場合、シーナリーが岩場や荒地が多いぶん、あまり心配せずともよいとはわかっていても、その恐怖はぬぐい去れないのである。
もっとも避けたいのは、昔の近鉄や名鉄電車のような沈んだダークグリーン。いわゆるプルマン・グリーンでも、スタンダード物の鋼製ヘビーウェイト客車が褪せたときのようなくすんだ色合いも遠慮したいところだ。

ところが、以前新額堂で求めた写真集ーRio Grande Narrow Gauge In Color Volume1(Thomas A. Brunner/Morning Sun Books〔2005〕)を見返していて、ちょっと考えが変わった。
以前この本を眺めていたときは現役末期の蒸機ーC-16やC-19、K-27の“汚れ具合”ばかりに目が行っていたのだが、まさに灯台下暗しで、巻頭にはズバリSan Juanのカラーが10頁余りにわたって載せられている。写真は1950年頃のものが最も多いのだが、いずれも客車の外板が美しい艶を保っており、またその色調が、グリーンといってもやや茶色味がかった、光線の具合等によってはブドウ色のように見えなくもないものだったのだ。そしてレタリングの色もオレンジに近い色(=Dulux Gold)なのでパンチが効いている。塗装の艶も含めてこの感じが再現できれば、いくらか華やかさを演出できるのではないか?と思い到った。
むろん、古いカラー写真ゆえいくらか眉に唾をつけて考える必要はあるけれど、何せこの時代のアメリカ、原版のフィルムは十中八九コダックのカラースライドのはず。銀塩写真をやっていた頃にさんざんコダクロームに慣れ親しんだ身には、色の脳内補正は朝飯前である。
この本の写真をベースとして、ほかにウェブ上で見つけた写真( https://eriksenphoto.smugmug.com/Trains/DRGW/1940s-Original-35mm-slides/ など)も参考にしつつ、ラッカーの調合に取り掛かることにした。

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▲調合真っ最中の図。下にチラと見えるのは“Rio Grande Narrow Gauge In Color”(Vol.1)の一頁。1950年にデュランゴ駅で撮られたK-36先頭のSan Juanが写っている。

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けっきょく車体の色については、手許にあった濃緑系のラッカーの中から、マッハのトワイライトEXP用深緑色(#301)と、日光モデルの緑3号をそれぞれベースに混色に試行錯誤し、最終的には、マッハ(#301)トワイライト深緑:3+マッハ(#8)トビ色:1+MW木曽客車レッド:0.75という内容 に落ち着いた。

ここでついでに、D&RGWの客車製品の塗装例をいくつかご覧いただこう。
D&RGWの客車の色で、最初に刷り込まれたのは乗工社のリオグランデ・ミニランドの完成品の色だった。
フロッキルのコーチ・グリーンをツヤ有りにしたような色合いに、ゴールド・リーフ色のレタリング。ただ、率直にいって昔の東急や京王の電車の色を思い起こさせる色調ゆえ、アメリカ型だ!という気分にはどうも水をさされてしまう(昔の東急“グリーン車”は大好きなのだが、それとこれとは別である)。

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▲乗工社 リオグランデ・ミニランド COMBINE (メーカー塗完) ちなみに背後は塗装真っ最中のALAMOSA。


お次は、PSCの比較的最近(といっても2005年)の韓国製ブラスモデル。
色調はミニランドのものよりは濃い目ではあるが、前者も含めたこの2種は、近年の保存車ーコロラド鉄道博物館や、ナッツベリーファームあたりのものを参考にしたようにも思える。

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▲PSC(Precision Scale) D&RGW COMBINE #212 (品番17876-1) (Collect. kondoura)


いろいろ資料を漁ってきた目で見ると、車体色・レタリング色とも、Blackstoneの客車が最もイイ線をいっているのかも知れない。
ただ、材質のせいもあろうが、色の深みの点ではいまひとつ弱さを感じるところ。

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▲BLACKSTONE MODELS D&RGW HOn3 Jackson and Sharp Open Platform Passenger Coaches  304 Pullman Green(品番B350109)
俗に“Chili line客車”とも呼ばれたタイプ。(Collect. kondoura)

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いよいよ実際の塗装作業に入る。下地処理はクレンザーで水洗い・乾燥ののち、プライマー(ミッチャクロン)吹付。
床板は、上面はとりあえずトビ色、床下はトビカ・トップガード。
車体はまず外板をマスキングしてから、内装色としてトビ色を吹く。 そしてさらに車体内側をマスキングののち自家製プルマン・グリーンでの外板塗装にかかるが、希釈しただけのラッカーそのままでは上手い具合に艶が出ず、若干のリターダー・シンナーを加えた。さらに、最初調合した色が大きな面積に塗ってみると色調の印象が思っていたのと違って気に入らず、赤を継ぎ足して再調合のハメに…
そのあとは屋根にツヤ有りの黒を吹くが、側面・正面はさておき、モニタールーフのマスキングに意外と骨が折れた。
これでひとまずは塗り上がり。次はデカール貼りが控えている。

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そしてデカールにも悩む


もっとも緊張する工程であると同時に、米国型の醍醐味ともいえるのがデカールによるレタリングだ。
手許には、以前彼地からの通販で手に入れておいた、Thinfilm の “D&RGW Passenger Dulux Gold”(#HOn 104A)と、SAN JUAN DECALSの“D&RGW Passenger Car 1912-51”(#HOn3 SJD-700)の2種類がある。
まずはどちらを使うか決めるべく、塗料皿に混色した車体用のグリーンを塗っておき、その上から不要な文字で試し貼りをしてみた。Thinfilmはほとんど濃い目のオレンジ色。SAN JUANは台紙に貼られた状態だと茶色っぽく見えるが、実際に貼るとThinfilmのものよりやや明るい橙色となり、色調としてはこちらの方が実物に近い感じである。
しかし、Thinfilmは2セット買っておいたのに対し、SAN JUANは1セットだけなので、一部の文字で予備が無いため失敗したらお手上げ…という問題があったのと、色の濃いThinfilmの方が、いくらか華やかに見えそうだという目論見により、けっきょく前者を使用した。
Thinfilmのデカールは、1980年代に乗工社のリオグランデ・ミニランドや珊瑚のサンデーリバー・シリーズ用に特注品が用意されたことがあるため、個人的には馴染み深いのだが、昔の本-エリエイの“Green River Report”(1984年刊)を見ると、「印刷は美しく、膜面がやたら薄いということで信奉者があるが、実際には最も扱いにくい。(中略)多湿な日本では保存が効かない。開封後半年以内に使ってしまいたい」という、あまり芳しくない評価である。もっとも、近年のものはフィルムの品質も変わっているのか、 購入後2年ほど自室で放置したものでも、特に破れたり崩れたりもせず問題なく使えた。ただしパッケージが単なる紙の封筒なので、念を入れるならジップロック等のチャック付PE袋で保管する方がよいだろう。

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▲あらかじめ用意しておいたデカール2種。塗料皿の貼付サンプルは、上がThinfilm、下がSAN JUAN。

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▲結局使わなかったSAN JUAN DECALだが、貼付位置をガイドした懇切丁寧な説明書には助けられた。

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▲使う文字をデザインナイフで地道に切り出す。

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▲まずは微温湯に漬けて糊を充分洗い落としてから車体に水貼り。

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▲そしてデカール軟化剤を塗布。一旦乾燥後、車体のスジ目にかかる部分に地道にナイフを入れてから改めて軟化剤を滴下し、完全に溶着させる。
軟化剤は左端に見えるウォルサーズの“ソルバセット”。強力な効きがウリだが、塗料(危険物)の輸入手続煩雑化のあおりで国内の取扱店はほぼ消滅して久しい。今なら国産で代わりのきくものが何種類もあるのだろうが、慣れもあっていまだにコレ一択である。
貼付が完了したら、半ツヤのクリヤーを吹いてオーバーコート。こちらは一般的なNゲージ店で気軽に買えるGMカラーの#44を使用。

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▲実物のデッキ周りは、当時のカラー写真を見ると端梁やステップは車体色と同じであるようだが、メリハリをつける意味もあって、まとめて黒で仕上げてしまった。
塗料はタミヤアクリルの半ツヤ黒を筆塗り。もともと苦手だった水性アクリルの塗料だが、こういったマスキングが面倒かつ面積もそれほどではない部位にはなかなか有効だと実感。エナメルほど乾燥に時間を取られないのもありがたい。

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▲ パーラーカーに画龍点睛を。デッキに輝くヘッドマーク―彼地流にいえば“ドラムヘッド”は、実物は電照式なれど製品は真鍮エッチング製。そこで周囲の文字 の部分は赤を流し込んでから磨き出し、中央の山影はテキトウに手描きで再現(笑)。マーカーライトには手許で不良在庫化していたゴマ粒大の小さなMVレンズを嵌め、クリアの赤と青を差して仕上げた。



インテリアとウェザリング

デカールやマーカーライトで彩りを加えても、しょせんは暗い色の車体である。もう一押し華を添えるには、簡素でもよいからインテリアを設えて、模型の小人に対しても親切に待遇してやらねばならぬ。
座席は、以前杉山模型のブースでジャンクとして売られていた木製のものを用いることにした。おそらく何十年も前、杉山さんが輸出品を手がけられていた頃に 使ったものの残りであろう。PSCのプラ製の座席も別に求めてはあったのだが、客車の製品の時代に合わせるならこちらの方が雰囲気だ。
あとから人形を座らせるときに邪魔になる可能性もあるので、肘掛の追加工はアッサリ省略。
座席の塗装は外から見て目立てば…という安易な目論見と、日本国鉄のむかしのグリーン車座席の臙脂色の刷り込みも手伝って、エイヤッとばかり赤を塗ってし まった。もっとも、あとからシートカバーの白を差したおかげで、人形を座らせて車体をかぶせてしまうと、座席の赤はほとんど目立たないという結果に終わ る。
さらには、一度池袋でお披露目をしたあとになって、手許の本で内装のカラー写真が見つかってしまったばかりに、どのみち目立たないのは解っていながら塗り直しを敢行したのだった。

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▲座席は右側に写っているPSC製の使用は見送り、むかし杉山さんのところで手に入れた古い木製椅子に白羽の矢。

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▲“SLIM GAUGE CARS”にはお誂え向きにSan Juan用客車が一通り載っているので、それを見つつ椅子その他を並べる。床は手抜きで壁と同じトビ色を塗り、厨房の仕切壁はエコーモデルのパイプの台紙からデッチ上げ。

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▲人形は手許に“座っている裕福そうな白人”の在庫が乏しく、慌ててプライザーやバックマンの人形を買い足すもまだ追いつかずで、ドサクサでトラムウェイの日本人も動員して間に合わせた。もっとも、実際の列車の客層は、コーチの方だとインディアンやヒスパニック系の地元民、漁師、鉱山・製材の労働者なども多かった…と後でわかったので、人形の選定にはもう少し工夫の余地はあり。

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▲ところが好事魔多し…じつは内装の色に関しては、池袋の芸術祭が終わってから、Rio Grande Narrow Gauge In ColorのVol.2の方にバッチリなカラー写真が出ていることに気づいてしまった。パーラーカー、コーチとも青系統のシート・緑の絨毯・ニス塗りのウォルナットの壁に白い天井であると判り、慌てて塗りなおし中の図。

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池袋ではまったく汚さぬ状態で展示運転したが、その後、先述の内装色修正と併せてウェザリングを施した。とはいってもあくまで控え目に、ラッカーシンナーで溶いたフロッキルを用い、屋根にはエンジン・ブラック、足回りにはウェザード・ブラックを軽く吹く程度に抑えている。
フロッキルは、ソルバセットと同様の事情で今のわが国では入手難となってしまったため、普段は中身の硬化を少しでも食い止めんとビンを逆さ置きで保管しつつ後生大事に使っているところ。


最後に、各車単体の写真を。

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▲R.P.O.Baggage #119 追加のディテール工作はしない、と啖呵は切ったものの、狭幅の側扉にメイル・キャッチャーくらいは付けてやるべきだったと仕上がったあとで後悔。

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▲Baggage #163 郵便車・荷物車に貼るナンバーは、“NARROW GAUGE PICTORIAL”の写真と首っ引きになりつつ製品の指定とは別の番号を選んだ。微妙な天邪鬼の発露にすぎないが。

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▲Vestibuled Coach #327 カプラーは定石通りであればケーディーの#714だが、走行中の前後衝動を抑える目的で、編成の中間にはIMONカプラーを使っている。

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▲Parlor Buffet “ALAMOSA” 
客車たちには、いずれDCC室内灯を…だが、その前にとりあえずブラインドやカーテンを追加工してやりたいところ。

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▲客車もできたことだし、手許のWMC(Westside Model Company)-中村精密製 K-28も、色&音を何とかせにゃあ…と思う今日このごろ。

というわけで、たかが客車4輌を塗るだけの話にやたらと話が長くなってしまって恐縮ではあるが、年季の入った米国型ファンの方には当たり前でわざわざ書きたてることもない事柄でも、まだまだ初心者同然の者なりに悪戦苦闘した結果としてご笑覧いただければ幸い。
   
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テーマ:鉄道模型 - ジャンル:趣味・実用

  1. 2017/07/10(月) 00:01:30|
  2. 工作(模型)
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D&RGWの花形列車 “San Juan”を塗る (2)

“San Juan”という列車

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▲D&RGWの客車の形式写真を収録した “NARROW GAUGE PICTORIAL” Vol.II。その表裏のカバーを飾る写真の列車が、まさしくお題の“San Juan”である。

San Juan(サンファン)という言葉はそもそも“聖ヨハネ”のスペイン語表記であり、スペイン語圏や北米の旧スペイン領の随所で地名にもなっている。
個人的には聖ヨハネ由来のナニカといえば、むしろブラジルのサン・ジョアン・デル・レイ Sao Joao del-Rei(→ けむりプロ『ビンチドイスとその仲間たち』を見よ)の方が先に思い浮かぶ体たらくであるが、それはさておき、列車の名前自体は、主に D&RGW(Denver and Rio Grande Western R.R.)の3ftゲージ路線によって成り立つ“コロラド・ナローゲージ・サークル”の内側一帯に屹立するサンファン山脈(San Juan Mountains)にちなんだものである。
Alamosa と Durangoを結ぶネームド・トレインは1881年に運行が開始され、当初は“コロラド&ニューメキシコエクスプレス”(Colorado and New Mexico Express) を名乗っていたが、1937年に名前をSan Juanに改めた。D&RGWのネームド・トレインは他に“Silverton”(Durango デュランゴ~ Silverton シルバートン間)、“Shavano”(Salida サリダ~Gunnison ガニソン間)があったが、いずれも先に姿を消し、San Juanのみが1951年まで生き永らえた。

Sun Juanは、座席車が日本型で喩えれば“特ロ”とビュフェ付のパーラーカーのみ、という列車であった。日本の軽便に慣れ親しんだ身には、やはりナローながらにして“豪華”列車というあたりに色目を遣わずにはいられない。
なお、本邦では『サンファン“急行”』と称されることが多いが、彼地の或る書物(*1)にはこんな趣旨の記述がある。
「時折この列車のことを“San Juan Express”と記す物書きがいるが、そんな列車はいない。“San Juan”という誇り高き列車なら存在した」
「1947年、San Juanが10周年を迎えたとき、Holiday Magazineが出版した“Narrow Gauge Holiday”で、著者のLucius Beebe(*2)は正しくSan Juanという名前を使ってくれた」

じっさい、現役当時のタイムテーブルを見ると、停車駅に関してはほぼ各駅に近く、あまりスピードを売りにしている気配もない。スイスのメーターゲージの“氷河急行”のような性格の列車を想像すればよいのだろうか。
それにしても、豪華列車=急行ないし特急のはず…という思い込みは洋の東西を問わずあるようだ。
*1:John B.Norwood “Rio Grande Narrow Gauge” (Heimburger House Publishing) Chapter 14 “The Sun Juan”より
*2:Lucius Beebeは、“NARROW GAUGE IN THE ROCKIES”の著者のひとりでもあった。

基本的な編成は、機関車の次位より
 Baggage-Mail(R.P.O.〔=U.S.Railway Post Office〕Baggageとも)=郵便車
 Baggage=(通常の)荷物車
 Vestibuled Coach=密閉デッキ式客車
 Parlor Buffet
の4輛。BaggageとCoachが客貨の量に合わせて適宜増結されるかたちだが、概して編成における荷物車の比率が高く、7~8輛の編成でうち5輛が郵便車+荷物車というケースも見られた。
ベスティビュール・コーチの車番はNo.272,310,312,323~327。インテリアは、車内中央にソファ2基、そして両端には2+1列のファブリック張のクロスシート。
パーラーカーはビュフェ(厨房)付きのタイプである “ALAMOSA” “CHAMA” “DURANGO”の3輛。各々窓配置等は微妙に異なるが、片側オープンデッキの車体を持ち、車内には10脚の回転式パーソナル・チェア、4人掛けのダイニング・テーブル、そして厨房を備えていた。
これらのベスティビュール・コーチとパーラーカーは、いずれも1880年代製の在来の客車を1937年にSan Juan用にリビルトしたものである。
牽引機は主にK-28が充てられた。ただし10輛いたK-28のうち、1942年に7輛がアラスカのホワイト・パス&ユーコン(White Pass&Yukon R.R.)に供出された後は、より大型のミカド・K-36の出番が増えたようである。



Balboaの D&RGW Passenger Train 4-car set

つぎに、模型製品の氏素性について触れてみよう。
“San Juan”を模型化したこのHOn3の客車4輛セットは、日本製の北米向け輸出製品で、ものの本(*3)によれば1965年の製品。
日本での製造元請けは熊田貿易(現・クマタ貿易)。同社は創業当初は輸出仲介専門であったが、1963年より自社工場でも製造を始めている。ただ、この製 品が自社製なのか他社委託(当初の主な依頼先はつぼみ堂、鉄道模型社、G.O.モデルなど)なのかは調べ切れていないので、ご存知の方がいらしたらぜひご教示を…
米国での発売元・“Balboa Scale Models”は、1960年代中盤から1970年代前半にかけて活動していたインポーター。HOのスタンダードではSouthern PacificやSanta Feの機関車が多いが、3ftナローも数多く手がけており、HOn3ではカツミ製のC-19、K-36、Class A-2シェイ、水野製のC&S#74、T-12、DSP&Pメイスンボギー、熊田製のC-21、RGSグース(No.2及びウェインバス・ボディの3トラック)などを出している。なお、ビルダーに関しては、カツミ以外はカタログや製品のパッケージには名前が明記されていなかった。
*3:The Art of Brass in model railroading Volume I(熊田晴一/プレス・アイゼンバーン〔1982〕)/BRASS MODEL TRAINS Price & Data Guide Volume II(Brass Guide,inc/Publishing Partners International〔2009〕)

製品が想定している車番は以下の通り。
 Postal: No.66
 Baggage: No.168
 Coach:(不特定)
 Parlor Car: ALAMOSA

Balboaの1966年版カタログにおける現地価格は$49.95。1ドル=360円、日本の大卒男子初任給が24,000円、天賞堂の10系客車の完成品(もちろんブラス)1輛が1,700円前後…という時代の話である。
製品はとことん真鍮プレス主体の構成。時代ゆえにプレスの仕上がりのダルさは否めないし、モニタールーフ側面の配置も意外とイイカゲンだったりするが、やはり当時の国内向けの日本型製品とくらべれば、ひと手間よけいにかけている印象。
側窓枠は一枚一枚嵌め込み。木造車体のスジ目やモニタールーフの通風孔などはエッチングによる表面処理だが、荷物車のスソのリベットは打ち出し。台車もドロップ製ながら一見ロストと見紛う彫りの深さを見せる。
同じセットは、'75年に同じ熊田の製造で、別のインポーター・N.J.International社(N.J. Custom Brass)より再発されている。そちらはモニタールーフ側面の配置はおおむね実物に即するよう改められ、床下等のディテールにはロストパーツも多用され ている。

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▲加工・塗装前の状態。床下はチャンネル材を用いて最低限の梁は再現。機器類は挽物のエアタンク、ブレーキシリンダと、プレス抜の板をハンダ付で箱組みした蓄電池箱のみ。



いよいよ下準備

この模型はそもそも“台車だけ返却する”という条件で譲ってもらった代物なので、預かった直後に台車はBlackstone Modelsのもの(品番:B370107 5' 0" Passenger Trucks, Pair, Pullman Green)に履き替えた。ただ、元の台車とはボルスタ高が異なるため、適当なワッシャ等を用意して調整の必要があった。
塗装をするに当たっては、まずワイヤブラシやモーターツールに咥えたブリッスル・ディスクで酸化皮膜を落とす。
歪みが目につくところも多いので、ヤットコ片手に車体のスソ、扉、手スリ、ステップなどはひととおり修正したものの、さすがにモニタールーフの垂直が出ていない辺りは手に負えないので潔くあきらめた。
あきらめたといえば、ディテールの追加も然り。困ったことに(笑)コロラド・ナローは掘れば掘るほど資料が湧いてくる世界なのだが、古い製品ゆえ変に手を加えると年増の厚化粧になりかねないから、とにかく池袋までに色を塗る!ことを第一に進めることにした。
で、このあとはいよいよ塗装に移るわけだが、塗る“色”のことでアッサリと暗礁に乗り上げるのだった。

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▲一通り磨いてみると歪みも目立つので、このあと地道に修正。9mmナローとしては割と大柄な“ダックス”と並べてもこれだけデカブツなのである。

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▲側窓は、プレスでサイドを折り曲げた窓枠を一枚一枚嵌め込んである。写真は、下地仕上げ中に中央の窓枠1枚がハンダが取れて浮いてしまったもので、このあと慌ててハンダを流し直す羽目に。
   
(1)へもどる(3)へつづく

  1. 2017/07/04(火) 04:47:00|
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