作業部日誌V3

        

ウチの1号機ものがたり【3.5】―足廻りから生まれた単端

090117_001.jpg
上の写真は、レストア完了までもう一息な状態の亀の子だが…オゥフ!左になんか怪しいヤツが!?

前回のエントリで述べたように、ウチの亀の子の初代のフレームは、度重なるクソガキ療法がたたって、動輪押さえ板用のネジ孔を境に前後がポッキリと折れてしまった。押さえ板もスリーピースに割れ、動輪の踏面はメッキが剥がれてすっかり真鍮色に輝き、ギアだって磨り減って歯の先端は波打ちながらエッジが立っちまってる。
しかし、そのフレームは、蒸機の足回りとしてはロボコン0点なれど、ただ単に“走る”機能のみについていえば、まだ役目を果たせなくもないんじゃないか、という状態だった。
だから捨てちゃうなんてもったいない!ドンドコドンドコもったいない!世界にはばたけステキな日本語MOTTAINAI!…とまあ今ふうに(どこが今ふうなのか)言えばそんなような心境に勝手に追い詰められたクソガキ約一名は、さっそく再利用への道を模索しはじめたんである。いや、実際にはたぶん模索っていうほど考えもしない(w)うちに、手許にあったJ社の木曽C型客車のキットが餌食となり、挙句いいかげんな単端1台がロールアウトした。

cb_ctan400.jpg

C型客車の改造だから、コードネームも至極安直に“C型単端”
ムリやりRをつけた妻面と腰に輝くお椀ライトは、ネコ社の横綴じナロー本に載っていた代燃丸山単端の影響をモロに受けた結果。
色は鉄道カラーかMr.カラーかどっちか忘れたが、青の15号(スカ線のブルー)を塗ってある。
最初は後部のデッキは付いてなかったが、タネ車の側扉をフロントエンドにしてしまったため「これじゃ乗務員扉としてはともかく客の出入りに支障ありすぎだろ」と気づき、背面に適当にこしらえたデッキを設け、後妻の中央には客用扉でございとSTウッドを適当に切り抜いた扉を貼った。
ラジエータグリルも、初めは珊瑚の沼尻ガソ用だったが、のちにJ社の梅鉢型単端2台を切り継いで井笠風バケットカーを作った際に余ったフォードのグリルを奢ってやり、ちょっとだけドレスアップ。

ctan_bunkai.jpg

それにしても、亀から流用した足回りはといえば見た目このザマである。モーターの固定も、割れた押さえ板も引き続き馬鹿のひとつ覚えでACC固め。
PUにただ車体を被せただけでは思いきりテールヘビーなので、キャビン内の空いた空間にはウェイトを積んだが、適当な大きさの鉛のブロックが手許になかったので、ACC漬けになった亀のシリンダブロックと、当時J社のワフとかニフとかの2軸車を作るともれなく余ったPECO2軸貨車下回りキットの鉄板ウェイト3枚をセロテープで簀巻きにしたものを放り込んだ。何も考えてないよな俺。

いっぽう、走りはどうなのかといえば、押さえ板とフレームの間に盛大にスキマがあるせいもあって、特に後進時は尻を高く突き上げ腰を振りながらよたよたと進みよる
そう、“よたよた”といえば!
「おぅ!こいつはまさに俺のDIZZY EXPRESS!」
…と内心ひとりで盛り上がっていた当時の俺なのでしたよ。気持ちのわかるブーピープ・バレイ大好きっ子(のおっさん)は挙手!

しかし、敬愛なるB.V.R.R.のご本尊に走りっぷりは仮に似ててもカッコよさは全くもって足許に及ばないのがクソガキのクソガキたる所以。
ていうか、こればっかりはセンスの問題なので、こちらが年食っておっさんになれども、足許に及ばないのは変わらないままだよなあ…という至極あたりまえのことを、同社最新作のウッディなスーパーチーフを見ながらつくづく思う。

話が逸れたが、この単端、後進時はよたよた走るのみならず、うかつにフルスロットルをくれたりするとギアが引っ掛かった挙句押さえ板が吹っ飛ぶという特技も併せ持っているので、名実ともに単端式だったりもする。
それでも、前進時は“亀”時代とは裏腹に、憑き物が落ちたかのようにマトモに走るようになった。極限まで磨り減りこなれきったギアと、亀にくらべてウェイトが効いている点が功を奏しているのだろう。
あまり走りの調整に気を使わなくてすむようになり、そもそもがネタ車輛ということもあって、その後特に抜本的に手を加える気も起きないまま、気がつけばすでに四半世紀以上。
そんなわけで、初代亀の子の足廻りは、外から見えないウェイト代わりのシリンダブロックも含め、今もなおシブトク生き続けているという次第。

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▲ウチの初代亀の子の部品は、一部はゴミと化しつつも、今も3台の車輛に分散しつつ生きながらえている。右上にいる仕掛品の亀についてはまた追々。


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【4】へつづく(工事中)
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  1. 2009/01/31(土) 17:11:38|
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ウチの1号機ものがたり【3】

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▲ 今回復元した亀の子の足廻り(=『パワーユニット』)の塗装前の状態。もともとはフレームがキドマイティ仕様となりギア歯数も変更された1989年以降の改良再生産バージョンだが、復元機ということで、初期製品のステーがドロップ製のシリンダブロックとダイキャスト製の動輪押さえ板に交換し、モーターもあえてキャラメル型を装着した。


「すっきりと繊細で美しいボディーにレーシングカーなみの走り」
「チャーミングだけどペーパーウエイトにしかならない」


―このフレーズは、団栗さんのウェブサイトから引用させていただいたものだが、乗工社のキャラメルモーター搭載時代のPUシリーズの特質をじつに的確に言いあらわしている。

ミニランドシリーズも含めた、ポン引き氏言うところの“氷河期前”のJ社製品は、実車を忠実にスケールダウンした車輛がほとんど皆無といってよく、いずれも乗工社流とでもいうべきフィルタリングを経た独特のデザインにまとめ上げられている。
下廻りを中心としたパーツの共通化を織り込みつつ大胆にデフォルメを施しているが、線がシャープで決してオモチャっぽくはないし、実物特有の泥くささを絶妙にそぎ落としつつも、実車を特徴づけるポイントはしっかり押さえられている。そして何よりかわいい。30年前から“かわいいは正義”であると解っていたわけだ、倉持さんは(何かちがうような)。
いずれにしても、そのデザインの佳さに惹かれてHOナロー入門の扉を叩いた方も少なからぬことは想像に難くない。

しかし、その一方で“走り”の点では、かねてより随所で言われているように、決してほめられたものではなかった。
その原因はまず、低トルクでピーキーな上すぐに発熱してヘタレる、その名前とは裏腹にちっともスイーツ(笑)じゃないマブチのキャラメル型モーターに負うところが多い。

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▲我が家のキャラメルジャンクの山。確か左の方の4個くらいを亀の子一台で使い潰したように記憶している(クリックで拡大)。


減速比をたっぷり取ったボギー気動車の類や13tシェイ辺りはまだ良かったが、PUシリーズの場合、安定性の点で不利なモーター縦置きのレイアウト+高ギア比がネックとなる。
ギアの噛み合わせも固めで、キャラメルのトルクでは空回しをしてとことん慣らしをしないとスムースに回ってくれない。ところが材質がウォームも含めすべて同じ(真鍮)なのが災いし、モーターの取付角度が微妙に狂っているだけで、慣らしすぎor走らせすぎると第2動輪のギアとウォームがあっという間に磨耗する(後年、キドモーター仕様化と前後してギアは歯数が13枚から12枚に変更、材質も何度か変更されている)。
さらに、扱い方によってはプラ製フレームの材質がABS樹脂であることの弱点が完膚なきまでに露呈した。
鉄道模型の動力部分にプラスチック部品を用いる場合、その材質は、多くのNゲージの量産完成品にみられるようにポリアセタール樹脂(POM)であることが大半である。
POMは強度、弾性率、耐衝撃性、摺動特性に優れるため、フレームやギアに好適だが、一方、接着剤がマトモに効かず、エッジの立ったシャープな成型にも不向きという特徴を併せもつ。
おそらく、PUのフレームにABS樹脂を採用したのは、エンドビームや集電ブラシなどの接着加工や細密なM1.4ネジによるビス留めを多用する設計にPOMの特性が合わないことが理由のひとつであろう。ただ、そのおかげで、本来動力に求められる“耐久性”についてアキレス腱を抱えることになってしまった。

まず、モーター固定のための爪。ABSが弾性というか柔軟性に欠けるため、モーターの着脱を繰り返したり、あるいは最初の装着時であっても力のかけ方をしくじると、爪がいとも簡単に折れてしまう。
そして、フレームに切られた雌ネジのうち、動輪押さえ板や上・下廻りの固定に用いる部位が、メンテナンスのために繰り返し着脱をしていると、あっという間にネジ孔がバカになる。
さらに、耐薬品性にも劣るため、調子が悪いからといって浸透性の高い潤滑油をくれすぎると樹脂が劣化してクラックが入る。
結局、そうなってしまったら、基本的にはフレームを丸ごと交換してしまうしか手はないのである。

jwks_pu_torisetu.jpg
▲キャラメル時代の乗工社『パワーユニット』の組立説明書(クリックで拡大)

しかし、そのフレームもPUシリーズ発売からしばらくは、原則として単品での分売はされていなかった【※】はずだ。'81年当時の『製品案内』を見ても、PU関係の分売は、コンプリートキット状態の『パワーユニット』以外は集電ブラシとオプションのフランジレス中間動輪だけで、フレームのみの単品分売がおおっぴらに行われるようになったのは、フレームがキドマイティ仕様に改良されてから―それも恐らくは“氷河期”明け以降のことだったように記憶している【※】ただし、J社のつつじヶ丘のショールームや、同社と関係の深かった珊瑚模型店辺りでは入手できた可能性がある)
ゆえにフレーム交換と一口にいっても、パワーユニットのキットを新たに買うしかない時期があったはずだが、そのパワーユニット、亀の子のキットが4,800円の時代に3,000円もした。のちに分売されるようになったフレーム単品の価格は800円で、それはイモンに引き継がれた現在も変わらぬままだが、キット丸ごととなるとさすがに痛い出費である。それがネックで、フレーム破損の時点であっさり挫折し、場合によってはナローそのものから足を洗われてしまった方も少なくないのではないか。

さて、ずいぶんと前フリが長くなったが、ようやくウチの亀の話に移るとしよう。
キャラメル時代のPUは、モーターの特性ゆえ、適当に組んだのではどうしても“レーシングカーのような”走りになってしまう。しかしナローであるからにはスローの利いた走りにしたいのが人情なわけで、こちらとしては調整に躍起になるわけである。
不調に陥ったときのメンテナンスで真っ先に手が行くのは集電ブラシの清掃だが、第2動輪にブラシが当たる部分はキャブが邪魔をしてうまく清掃ができない。しかし亀の子の初期製品は、上・下回りの固定がフレームの内側からボイラーをネジ止めする構造になっているため、第2動輪のブラシ清掃をするには、動輪押さえ板を外してさらに動輪を外すしか手がなかった。すると必然的に押さえ板の脱着回数が増えて、すぐネジ孔がバカになる。その場合どうするか。瞬間接着剤(以下ACCと略)の出番である。

まあ、バカになったネジ孔を埋めるためにACCを使うのは、その場凌ぎの対処としてはあながち間違っていないとは思うのだが、問題は、当時の自分が経験不足なうえに不器用なクソガキだったということだ。
ACCをブチョっと多めに流し込んでしまい、押さえ板の周辺全体に接着剤が廻る。
なので、つぎに車輪を外すときには、押さえ板ごと無理やりドライバーの先でこじって引っぺがすハメになる。
気がつくとフレームと押さえ板双方にACCがテンコ盛りになっているので、そこをガリガリとヤスる。
再び組み付けてみたら却って車軸の摺動が悪くなり、また分解。
そして調整後押さえ板のネジ孔にはまたしてもACCをブチョっとな……もう悪循環のキワミである。
いっぽうモーターの方も、回しすぎて軸受が溶けた(!)り、ギアが引っ掛かった状態で電圧をかけすぎてコイルが焼損したり、コンミュテーターの溝に詰まったスラッジをケガキ針の先で落とそうとして誤って捲線を切ってしまったり…で何個もオシャカにした(ただ、キャラメルの唯一?良い点は当時でも一個400円と安価だったことだ)。当然、その際のつけたりはずしたりのおかげで、御多聞に漏れずフレームのツメが折れ、こちらでもモーター再固定のたびにACCのお出まし。
そんなことを繰り返しているうちに、フレーム廻りはいつの間にやらACCの分厚い膜に覆われたような悲惨な姿になり、挙句の果てには押さえ板は2つに割れ、フレームの前後もポッキリとヘシ折れてしまったのだった。

kame_front_zangai.jpg
▲折れてしまった亀の子の初代フレームのシリンダブロック廻りの残骸。その凄まじいACC漬け状態に我ながら呆れます(--;)

かようにしてわが亀の子は、購入から1年経つか経たないかのうちに廃車の危機を迎えてしまうのだが、このカマにまだ未練タラタラであった自分は、どっこい涙目になりつつも大枚3,000円を投じて新品のパワーユニットを購入し、下廻りの丸ごと更新を敢行したのである。
ただ、パワーユニットのキットにはエンドビームのパーツは含まれていないため、それを機に、フロントには珊瑚のダックスⅡ用カウキャチャーを、リアには角材から新製したビームを取り付けた。前後して、サドルタンクにも実車の写真や雑誌の作例の影響を受けて手スリ・サンドパイプ・ステップのディテールを追加し、外観も若干印象が変化している。

その後、わが亀はさらに数度の衣替えを経て今日までシブトク生き続けるのだが、次回はちょっと一休みということで、ダメになった初代フレームの行方について触れてみたい。


…まあ、ダメになったフレームがネタなぐらいですから、端的にいってひどいですよw

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【3.5】へつづく
  1. 2009/01/25(日) 22:54:47|
  2. 工作(模型)
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ウチの1号機ものがたり【2】

下に掲げたガサガサな写真は、かろうじて記録されていた“亀の子”1号機の、完成から1年と経っていない頃の姿である。

kame_1981_piano.jpg

撮影時期は1981年の恐らく前半。110カメラで撮ったピンの合いもへったくれもないネガから超拡大したものだが、古くからのナローファンの方なら、後ろに並んでいる面々も含めナニが写っているかは大体お判りいただけるのではないかと。

自分の鉄道模型の事始めはNで、興味の対象も主に国鉄本線モノ優等列車だった(じつはブルトレ小僧な時代もあったのである)が、TMS 386号('80-4)に載ったレイアウト『思川鉄道』を見て、何かクるものがあってナローに興味を持った。
追って『ナローゲージ・モデリング』も手に入れて貪るように読み耽り、本格的にHOナローへの転向を決意、材料を手に入れんと、勢い込んで初めて珊瑚模型店(以下 珊瑚と略)を訪れたのが確か'80年の夏~秋頃だったように思う。

そのときに買ってきたのは、乗工社のパワーユニット・無蓋車ト・頸城ハ6、PECOの009線路、金属板やパイプなどなどの素材類で、中に『亀の子』の姿はなかった。
じつは入門の頃、最初の動力車として(無謀にも)井笠のコッペル―端的にいえば、オソレ多くも『ナローゲージモデリング』に載っていた和久田恵一さんのコッペルそのものを自作しようとしていたのである。
あの作品に対する憧れが最大の動機だったのはいうまでもないが、乗工社(以下J社と略)から当時出ていたB型コッペルのキットは値段が高い+ハンダ付組立指定に恐れをなしたのと、そもそも井笠のとはカタチが違うから、という理由もあった。しかしJ社のプラフレームのパワーユニット(以下PUと略)+上回り洋白板等の自作で挑むも、当然というべきかあえなく挫折。

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▲これがその自作コッペルの残骸。自分で言うのもなんだが、いったい何がしたかったんだ俺。

とにかく、何も動力車がないことにはハナシにならんというわけで、追ってJ社『ポーター亀の子』のキットを買った次第である。
こう書くと、半ば“仕方なく”選んだようにも取れてしまうかもしれない。
J社のPUシリーズ製品群は、皆様もご存知のとおり、かなり大胆なデフォルメや省略がなされているのが特徴であり、それが独特の持ち味でもある。ただ、実物の知識も色々吸収途上のクソガキ(w)だった当時の自分にしてみれば、ロッド廻りの省略は正直いって大いに不満であり、その後もPUシリーズの蒸機モノにはそれほど積極的に手を出していない。
しかし“亀の子”だけは、後年リリースされた“リオグランデ・ミニランド”シリーズと並んで、フラットな輪芯とプラ製のメインロッドでも充分許せるくらいに、そのキャラ立ちが気に入っていた。だからこそ、自作コッペルを諦めた瞬間、真っ先に候補に挙がったのだ。
むろん、キットの値段が一番安い部類だったというのも、フトコロのさびしいクソガキには重要なポイントである。当時、HOナローの動力車でキット価格最安はJ社ジェフリーの4,600円、次いでJ社亀の子・酒井型DLと珊瑚の沼尻ガソが4,800円だった。

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▲初めて買ったキットの元箱とその中身のいま。頸城ハ6はジャンクに成り果てたが、『ト』は今なお現役。

手に入れた亀の子のキットは、まだプラケースではなく例の白い紙函入り。集電ブラシは組立説明書に記載の車輪裏面当てのタイプではなく、実際にはVer.2というべきステンレス製で踏面から集電するタイプが同梱されていた。
さっそく組み立てて、キャブ・サドル・シリンダーを、当時はまだタカラのブランドだった『鉄道カラー』で湘南電車のグリーン=緑2号に塗装。ちなみに、当時の亀の子は煙突とボイラーが黒メッキ済で塗装不要だった。金属キットながら接着剤でも組める構造、同社製品としては珍しくテキストの多い丁寧な説明書も併せて、ビギナーの取り込み・ひいてはナロー普及への足がかりとせん事を強く意識した戦略商品だったことが窺える。
与えたナンバーは、1号機にもかかわらず『5』。1号機に1ってのはまんますぎてイヤだ、とクソガキなりの天邪鬼が発露し、プロトタイプの一つであろう上野鉄道5号機にあやかってみたわけである。プレートは前がだるまやの明治の蒸機用切抜文字、キャブ側面は珊瑚の店頭のジャンク函から拾ってきた正体不明の朱入り枠付プレート(後年、J社のNゲージ2軸市電キットに付属の系統板と判明)を使った。

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その後、ナローの車輛はじわじわと増えていったが、最初の数年の間は何だかんだで一番のお気に入りはこの亀の子で、実際に走らせる機会も一番多かったように思う。
ただ、たくさん走らせた…のは、残念ながら、純粋に運転を楽しむためではないことが多かった。
この時代のPUシリーズを経験された方はもうピンとこられたであろう。そう…ご多聞に漏れず、プラフレーム&キャラメルモーターとの暗闘の日々が始まったのである。

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【3】へつづく
  1. 2009/01/21(水) 01:37:05|
  2. 工作(模型)
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ウチの1号機ものがたり【1】

松が明けてから何やかんやでしばらく模型に触り損ねていたが、この週末は工作部屋に引きこもって前回のエントリの画像の中に転がってるカマの中からなんとか一台を完成させた。

cb_kame_nr5_katasiki.jpg

ごらんの通り、一見何の変哲もない乗工社のポーター亀の子。
だが、ブログのネタなんぞにするからには某かの曰く因縁があるわけで。
実はコイツ、今を去ること28年前に産声をあげたウチのナロー第1号機をフルレストアし、最初に完成したときの姿を再現したものなのだ。とはいっても、ベースにしたのは後年入手した改良再生産品のキットで、最初に購入したキットのオリジナル部品はサンドドームと煙突のチムニィキャップのみ。実質的には“1号機のレプリカ”といった方がよいシロモノだが。

さて、これから何回かに分けて、この1号機の誕生時から今までの変遷について触れてみることにする。大晦日のポン引き氏の釣りに微妙に(w)協賛してみよう、という意図も含めつつ。

【2】へつづく
  1. 2009/01/19(月) 01:00:16|
  2. 工作局作品帖
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今年もどうぞよしなに

気がつけば3が日も過ぎ、もう仕事初め…ですが、年が明けて一発目のエントリということで。
みなさま今年も何卒よろしくお願い致します。

休み中は、合間をみながら久々にまとまった工作を。とはいっても数点同時進行で工作台の上はごらんのザマ、進捗はすれど完成はせず。手前の方にはナゼか甲羅を背負ったカマばかり転がってるけど、今秋の“祭”絡みのテーマはまた別に2つばかしあったりするわけで。どうしましょ。
まあ、ことしも忙しいのは変わりそうにないが、なんにせよ地道にボチボチやるのみ。

ass800_RIMG4464.jpg
  1. 2009/01/05(月) 08:04:02|
  2. その他
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