作業部日誌V3

        

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

カンザス帰りKR第一号をうpしてみる

2月23日に撮りに行った長電のポジ(KR)をようやく引き取ってきた。
そう、なにしろメリケン帰りである。
知ってる人は知ってる通り、去年の暮れでコダクロームは国内現像をやめてしまい、今後もシブトクこのフィルムを愛用する手合いは、はるばる太平洋越しに現像を頼まなくてはイカンようになってしまった。
ヨドバシ経由の場合、仕上がり日数は最短で2週間と謳われているものの、集配便のインターバルの関係もあってか、今回の場合はキッチリ3週間。待ちくたびれて忘れかけた頃にようやく帰ってきた…という感じ。

さて、現像上がりのブツはといえば、こんな状態↓である。

080322_04.jpg

6コマスリーブ仕上げという選択肢がないため、自ずと長巻での依頼に。
街の写真屋→コダック(KJ)経由で依頼した場合のささやかなサービスとして、コダクロームユーザーにはおなじみの砂ズリ仕上のネガシートがオマケでついてくるので、ハサミで6コマずつ切り落としシートに入れてゆく。こんな作業をするのも、おそらく白黒フィルムの自家現像から手を引いて以来だからかれこれ6~7年ぶりだ。
そういった手間もさることながら、現像代が1本3,507円というのはさすがに引く。今回は溜まったヨドバシのポイントで精算したので財布には直に響かなかったものの、これではとてもじゃないが懐が続かない。どのみち国内受付も今年6月までだから、今後はおのずとDwayne'sに直接発注せざるを得ないが、代理店のマージンを省いたところで3本くらいまとめて送らないとコストメリットが出ないようだし、かといって1日撮影に出て3本も回したくなるような被写体にも事欠くという現実もあり、暗に銀塩なぞ足を洗ってしまえと言われているようなもの。
手許には、今年7月までが期限のPKR・KRがまだ13本残っている。どう消費するか頭の痛いところである。

ところで、肝心の上がりはどうだったかというと…↓

trimR08001-05_2000d_kt.jpg
▲長野電鉄 2000系D編成 須坂 2008.2.23 F-1 200mm KR

trimR08001-27_obuse_hise_500.jpg
▲長野電鉄 1000系 小布施 2008.2.23 F-1 35mm KR

複写した画像でどうこういっても説得力はないが、ポジ現物をみる限りでの話。
緑色カブリでハズレといわれたエマルジョン1545だが、1年近く寝かせたおかげか妙なカブリは見られなかったし、現像自体のヌケもよかったので一安心といったところ。


で、余談だが、上で『スキャン』ではなく『複写』と書いたのは、今回も含めたここ何回かのエントリに時折混じっている銀塩の画像は、フィルムスキャナによる取り込みではなく、無精してこういう手を使っているからである。↓
re08-03-23_04.jpg

そう。ライトボックスにポジ(ネガ)を乗せて、直接デジカメで撮っているのだった。
フィルムスキャンの作業ってのは、経験者の方ならご存知のとおり、フィルム1本取り込むのでさえ結構な手間である。というか、めんどくささの極みといってもいい。
ちょうど今、とある方からご好意で貸していただいたネガの取り込みをやっている最中なのだが、それすら遅々として進まず、なおさら自分のをやる余裕などない状態なので、ブログ用で使用サイズもたかが知れているものについては、しばらくこの手で行くことにした。なにしろ36枚撮り1本を取り込むのにかかる時間が、スキャナ使用とは比べ物にならないほど短くてすむからだ。

当初は出来心で、ネガシートに入れっぱなしのまま、しかもカメラ手持ちで適当に撮ったりしていたが、それだとさすがに画面が歪んだり隅にピンがこなかったりとアラが出過ぎるので、カメラを等距離で固定できるホルダーを用意し、ポジ(ネガ)はむかし暗室で使っていたガラスキャリアに挟むようにしている。
カメラはリコーGX100。手持ちの機種の中でこれを使う理由は、カメラ自身の画質の問題もあるが、レンズ周りがマットブラック仕上げだから。裏を返せば、鏡筒やボディ本体にシルバーなど明るい色が使われている機種は、複写のさい画面にモロに映り込みが生じるので全く役に立たない。
ホルダーは手許にあった空き缶からGX100に合う手頃な大きさのものを選んで、フタを天地とも取り去り、内側をツヤ消し黒で塗り、缶のフチの部分も黒いテープでテーピングしたもの。実測で内径φ65・高さ96mmの缶である。

実際の撮影だが、画面めいっぱいにフレーミングすると、ディストーションや四隅の画質低下の影響を食らうので、下のようにわざとパーフォレーションまで入れて画質の良い中央部を活かすかたちで撮る。あとで整理のさい一瞥でコマ番号が判るという余禄もつく。
カメラの設定は、画質を3,648×2,432pixel(3:2)、ISO100、焦点距離はステップズームで50mm相当に固定。ホワイトバランスはAUTOでもいいが、デイライト固定がベター。液晶は水平出しのため方眼入り表示を選択。

R08001-14.jpg

実際のところ、中央に小さめに写しても微妙にディストーションは残るが、言い出すとキリがないし、まあ許容範囲と諦めるほかはない。

それをトリミング・リサイズすると↓のようになるわけである。WEB用には必要にして充分だと思うが、いかがなものであろう。

reR08001-14_mura_2000a_500.jpg
▲長野電鉄 2000系A編成 柳原―村山(村山橋) 2008.2.23 F-1 200mm KR

まあそんなわけで、今後このブログ上の銀塩取り込み画像は『デジカメ撮り』の比率が増えると思うが、何卒ご容赦?を…
スポンサーサイト
  1. 2008/03/24(月) 02:12:14|
  2. その他
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

小布施の保存車の中

080223_269.jpg

080223_304.jpg

だいぶ間が空いてしまったが、長電ネタのしんがりを。
小布施駅には、『ながでん電車の広場』と称して、同社の旧型車などが保存されている。とはいっても、見ての通り狭いスノーシェッドに無理やり押し込んだような形で、少なくとも外観の写真を撮ったりするのには全く適していない。
その代わりというべきか、車輛の脇には点検台のごとき細い通路がへばりついており、車内には自由に立ち入れるようになっている。
なので、車内の写真でもお目にかけようかと。
ただし、外観の画像については、オクラ出しも兼ねて昔撮ったもので代用させていただくが。


■ED502(→ED5002→越後交通ED511)

combo080223_274-275.jpg
私鉄としては珍しい部類の純箱型電関で、見てのとおり省ED15の兄弟分。運転台には日立マークの制御器が鎮座する。


■デハニ201(→モハニ201→モハニ111→モハニ131)

c83nr18-15_re_naga201-5002.jpg
▲ED502ともども須坂駅構内で屋外展示されていた頃。 長野電鉄 須坂 1983.7 CNT フジHR100 (※クリックで拡大)

お次は汽車製のモハニ201。合造車だけに白眉は荷物室。運転台背後の仕切の幕板が三日月形なのが目を惹く。

combo080223_278-301.jpg

080223_280.jpg

080223_299.jpg

080223_279.jpg



■デハ354(→モハ604→上田交通クハ271)

posicopy_yasiro_271_750.jpg
▲1986年秋、上田交通の昇圧に伴い廃車後、すぐに保存のために長電が引き取ったものの、'90年に小布施に『電車の広場』ができるまでは屋代の側線に放置されていた。後方は当時まだ屋代線用に現役だったモハ1501。1988.8.31 長野電鉄 屋代 F-1 50mm KR (※クリックで拡大)

“川造型”の典型的なサンプルといえるモハ604。上田交通に譲渡され、クハ改造のうえ就役するも持て余しぎみだったようで、自分も上田の側線で昼寝している姿しかお目にかかった試しがない。したがってこいつの車内をちゃんと見るのは初めてである。
080223_282.jpg

080223_284.jpg
▲ちょっと意外だったのは、肘掛がパイプなこと。扉ともども後年の改造だろうか。

naga_271_080223_296-285ass.jpg

080223_287.jpg

そもそも私は、昇圧前の別所線に5回も足を運んでいるわりに、運悪く、このクハ271を含む上田に転じたすべての元長電車(モハ5271、モハ5261、クハ261)に一度も乗車する機会がなかった。
5271はクハ271と同系の川造製、5261と261は先述のデハニ201と同系の汽車製だから、これらの電車の車内の雰囲気をかれこれ20年越しでようやく直に体感できたというわけ。むろん、贅沢をいえば“現役”の頃に味わいたかったのは言うまでもない。

ところが。
モハ201の車内をうろうろしているときに、同行の友人Hが
「ああ~、この荷物室おぼえてます」
聞き捨てならんことを言う。

な、なにい。
の、乗ったことがあるですって。なななんといううまやらしい、じゃなかったうらやましい。

実は、Hはおふくろさんの郷里が松代で、幼少の頃は帰省のたびに長電に乗っていた由。時代的にいっても当然1500形以前の旧型に縁があるという次第なのだが。

あ、あの、三セクや新線以外のほとんどの私鉄に乗ったことのあるおいらですら、“電車の合造車”は一度も乗ったことねえです。むかし一畑行ったとき赤いデハニは庫で昼寝だったし。国鉄なら辛うじて飯田線のクハユニ56やクモハユニ64程度。
なので同世代以下の鉄な人相手にはジマンしておやりなさい。>H


■モハ1005(→モハ1003)

c83nr18-17_re_naga1003.jpg
▲保存目的でマルーン塗装に復されるも、須坂の構内の隅に突っ込まれていた頃。長野電鉄 須坂 1983.7 CNT フジHR100 (※クリックで拡大)
【追記】(2008.3.23)
たまたま手許の資料(鉄ピク)を見返してみたら、上の写真の茶色いのはモハ1001(←1002)である由。要するに、同じモハ1000形でもいま小布施にあるのとは別個体ということになります。すいませんすいません。それにしてもこの1001番はどこへ行っちまったんだろか。塗り直したはいいが結局ツブした、とかいう話かしら…

最後は“ひろば”の一番奥に押し込められているモハ1000形。計10輛が作られた運輸省規格型の18m車で、同系の増備車である1500形は同社最後の釣掛駆動車として1990年代まで生き永らえた。

080223_288.jpg
▲車内は一部座席の背ズリとフトンが撤去されたっきりの状態。
▼ただ、そのおかげでドアエンジンの構造がよくわかるという余禄も。(※クリックで拡大)
naga_1003_door-engine.jpg

080223_292.jpg

080223_293.jpg
▲運転台(非貫通側)の中をのぞいてみる。真ん中のハコがいったい何なのかわからん…

080223_294.jpg
▲ちなみに非貫通側はこんなカオ。車内にいるのは(モハニ乗車経験のある^^)友人H。

【写真:特記以外すべて2008.2.23 長野電鉄 小布施『ながでん電車の広場』 GX100】
  1. 2008/03/21(金) 02:06:02|
  2. 外出(鉄)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

ツイタ ツイタ 燈ガツイタ

re080314_003.jpg

うーん。更新がほぼ一週間空いてしまった。
やはり泣く子と年度末には勝てない。あと出張先なのに更新してる兄貴にもね。

実際には2日前くらいの話だが、ダックス、デコーダを介してのLED点灯仮配線に成功。アナログ時の極性もOKで、配線第一関門は無事クリア。
電気の得意な人には鼻で笑われるであろうが、自分の備忘録も兼ねて、おいらのような電気田舎者文系人間でもわかる配線図をうpしとく↓(クリックで拡大)

dachs_haisen_675_.jpg

…ふう、やれやれ。
こういう図をデッチ上げたおかげで、LEDのアノード/カソードとかウォームの左巻き/右巻きの区別をようやっと理解した、というていたらくorz
ちなみに、図には記さなかったが、モーターはミニモーター1016S、デコーダはレンツのシルバーミニ。コアレスを奮発したのは、過去のテスト結果(『とれいん』No.388 カルタゴサロン拙稿参照)から、DCCとアナログの走りの両立が最も満足できる組み合わせとせんがため。ギアをだるまやのM0.25(減速比1:23)に交換しているのは、このカマを手に入れて間もない頃にキドマイティに換装した際の名残りで、いまどきのモーター使用かつDCC化なら、デフォルトのM0.4のギア(1:14)でも充分満足のいくスロー性能が得られるはずだ。

話は配線に戻って。
第二関門は何かというと、デコーダとダイオード基盤を窓越しに見えぬようスッキリと、且つキャブの付け外しにも支障ないような形で納めること。
さらに第三関門として、煙室上のヘッドライトケーシングの中からボイラ内を経てキャブ内に到るLEDのコードのどこかに着脱可能な接点を設け、上回りと下回りをメンテ時に完全分離できるようにすること…が待ち構えている。
なんでそんなことに拘るかというと、自前で点灯化工作をした車輛にありがちな、車体と下回りを外しても電線で繋がってて完全分離できないっていう状態がとにかく断じて許せないタチなんである。
量産品のNゲージ相手には室内灯を必ずといっていいほど取り付けるくせに、ナローの車輛に関して今まで点灯化を施したことがないのはそれが最大の理由だったり。
さて、初の(ナロー)点灯化工作、出口はなんとなく見えてくれども、本当に闇の中から這い出せる日はくるのか。
  1. 2008/03/16(日) 01:00:47|
  2. 工作(模型)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

やりますよ。

080309_080.jpg

きょうは久しぶりに工作台に向かった。
ダックス、コアレス換装と走行再調整完了。

さあて、次はデコーダ・ライト配線か…
つくづく配線なんか死んでしまえばいいよ、ふんとに(ううう)


ところで。
オノデラさんが書かれているように、今秋の軽便祭の一隅で勝手に『ダックス祭』をやろうプロジェクトが始動しちょるので乞うご期待。
ていうか、ダックス持ってる方とか詳しい方はぜひお助けくださいなのれす(オネガイ)。
  1. 2008/03/10(月) 01:06:51|
  2. 工作(模型)
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:2

ダックスですよ、奥さん

ウチみたいな辺境ブログにとって頼もしい凄腕ポン引きであるところの某アンテナ管理人氏がなんか釣り糸を垂れてらっさるので、とりあえず釣られてみることにした(w

re080305_011.jpg

trimDSCF3382.jpg

思えばこいつも早や十数年越し(!)の仕掛品特別長期在庫。いずれはマトモなエントリにしたいところなのだが、3月中にできるかどうかは(ry
すいませんすいません。
  1. 2008/03/05(水) 02:09:06|
  2. 工作局仕掛品長期在庫
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:5

長野電鉄・柳原駅の角度

080223_095.jpg

今宵は、村山橋へ行くために偶々降りたった柳原駅のディテールをご覧いただこう。ホーム周りこそスロープ取付やカサ上げといった近代化をなされているが、駅舎は趣のある木造のままなのが嬉しい。
長電にはほかにもシーナリー・ハンティングをしてみたくなる駅がちょくちょく残っている。電車こそ8500であっても(w)、まだまだじっくり見る価値がありそうだ。
【写真すべて 長野電鉄 柳原 2008.2.23 GX100】




080223_080.jpg

080223_084.jpg

080223_081.jpg
▲プラットホームの上は如何にも最近改修工事をしたばかりという風情で、離合する電車が両方8500だとなおさら味気なく?見える。
いっぽう、架線柱はオリジナルの華奢な鉄骨製のまま。最盛期は4連が走っていただけに、側線の有効長は意外と長い。



080223_083.jpg

080223_141.jpg
▲ホーム側から見た駅舎。



080223_138.jpg

080223_089.jpg

080223_085.jpg

080223_086.jpg
▲木製の古びた待合室ではあるが、ポスターなど掲示物の類が賑やかで、廃止と背中合わせのような路線にみられる寂寥感は微塵もない。この鉄道がまだまだまっとうに機能している証拠だろう。



080223_093.jpg

080223_094.jpg

080223_096.jpg

080223_098.jpg
▲駅舎を三方向から眺める。母屋そのものはけっこう寸詰まりな印象。待合室が丸々差掛けの下に造り付けてあるのも特徴的。



080223_126.jpg

080223_092.jpg

080223_100.jpg
▲駅前には店一軒なく、めぼしいものは電話ボックス・便所・木製屋根の駐輪場くらい。周囲はひたすら宅地のみ。



080223_130.jpg
▲▼便所。それなりに立派なモルタル造りながら、目隠しはガサツな青トタンという対比が楽しい。内部は朝顔が現役。
080223_102.jpg



080223_097.jpg
▲旧貨物ホームから長野方構内を見遣る。ちょうど元日比谷線の下り列車が到着。

080223_144.jpg

080223_145.jpg

080223_148.jpg
▲貨物ホームの先にある詰所。寂れ具合からして、今は使っているとしても倉庫代用であろう。どこの駅でもそうだが、貨物側線を外した跡はもの悲しい。



080223_143.jpg
▲ホーム上の待合室。オリジナルをリフォームしたのか、はたまた新築なのか、どちらともとれる微妙な外観。ハテ真相は?



080223_136.jpg
▲降りてきたお客相手に集札をする駅員氏。電車の離合をやり過ごすたびに、床を掃いたりベンチを乾拭きしたりと、大変マメに待合室の手入れもされていたのがとても印象深かった。
  1. 2008/03/04(火) 02:36:05|
  2. 外出(鉄)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

お蔵出し動画大会

本当は長電ネタはあと2本控えているのだが、先週後半は呑みに行ったり忙しかったりで時は流れ、週末はやっと手に入れた雑誌(みのるさん、ナガウラさん、見ましたよ~)などを読み耽っていたりしてさらに時は流れ、気がついたらもう日曜の晩かよ!サザエさんは見てなくても、ちょっと月曜日を倒しに行きたい気分なのね。きゅい。

そんな折、ちょうどオノデラさんが可愛いインスペクション・カーの動画でめでたくようつべデビューされたので、便乗しておいらも動画を色々追加うpしてみた。いずれもオクラ出しではあるがご笑覧をば。

▼大井川の(元)養老線 走行車内 (2002.5.26)



乗った当時は「やったツリカケだうれしいな(でも西武351じゃねえのかよorz)」てな心持ちだった記憶があるが、今じゃこれが同線最後の釣掛車、次に大代側線(新金谷駅の外れに延びる廃車予定車の墓場)行きになるのも間違いなくこいつだと思うと切ないもんである。
また、よくよく考えるとこの420系、今や日常の定期運用に入りかつ長時間の力行でそれなりに気合の入った走行音をきかせてくれる一般鉄道線用の高床釣掛駆動車(長い)としてはおそらく本邦最後の存在なんじゃなかろか(他にあったら教えてほしい)。
あなたが大井川に遊びに行ってこれに当たったら、その幸せを大いに噛みしめるが吉かと。

▼KMCの王滝村運転会 (2004.5.9)



KMCが初めて王滝村へ行って運転会をやったときの映像。初めてDCC制御で公開運転をしたのも確かこの時である。
そういやこの動画に出てくる小鹿渕や下黒沢(シェフ作)は05年の王滝林鉄フェス、日向渕(修羅さん作)も05年の軽便祭を最後に人目には触れていないのだった。こういった初期の名作を運転会で見たいという方がいらしたら、KMC宛にはげましのおたよりください。祭に向けて前向きに善処するかもです。

▼爆走!プロペラカー兄弟 (2007.9.16)



ぐっと最近で去年の軽便祭。つってももう半年前なんだからある意味オクラかも。
まーくんの足尾フォード改はすでにご本人のようつべでご覧になった方も多かろうが、この動画は改良を重ねた結果コーナーでひっくり返ることもなく、ミニクラブ線路のドッグボーンをブイブイ周回しまくるハレの姿。Tamuさん作のちっちゃいオープン仕様も、台枠はJ社プラ運材をベースにしつつ、固めのイコライザを組み込んで、ダウンフォースを得るための微妙な姿勢変化をつけられるスグレモノ。
2台の激走っぷりにぜひ酔っていただきたい(でもループで見ると本当にきもちわるくなるかもしれないから注意)。

▼YS-11の機内から (2002.1.5)



プロペラつながりってことで。6年前のJAC徳島→福岡便機内より。
正直、飛行機はあまり好きではない。といっても千秋さまみたいに恐怖症ってんじゃなくて、
・予約しないと乗れない
・煙草が吸えない
・所持品検査で絶対ケンカになる

ので乗るのがめんどくさいから。
それでもYS-11はなくなる前になんとか乗っておきたいと思い、結果こんな記録も残った。
ただ、「だからって新婚旅行でこんなもんに乗るなよおまえ」と後日友人多数から諭されたのは内緒である。

▼2馬力クランク掛け競争@仏車馬鹿祭 (2003.10.19)



もいっちょ、エンジン音がプロペラっぽくなくもないからってことで。
2馬力は、仏車馬鹿orシトロエン主義者としてはいつかは手許に置いてみたい車のひとつ。でも、万国に通ずる“ポンコツ車”のビジュアルイメージの持ち主のくせに、買おうとすると結構高くて百何十万もしやがるですぅ。
38万円で買った車に10年間乗ってるおいらにそんな余裕があるはずが(ry
  1. 2008/03/03(月) 02:10:40|
  2. その他
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

プロフィール

cjm

Author:cjm
「一見複雑そうなバルブ類はロストパーツからそれらしく」とか適当なことを言いながらそれらしく作れる人がうらやましい。

メインサイトは(一応)ここ。ブログ主に直接ご用の向きはこちらへ。
ちなみにコメは承認制。

■管理者ページ

Twitter on FC2

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

外出(鉄) (28)
昔の写真 (4)
工作(模型) (25)
散財(模型) (9)
外出(模型) (10)
工作局作品帖 (2)
工作局仕掛品長期在庫 (1)
散財(その他) (2)
母屋更新 (5)
アリバイ報告 (12)
クルマ (2)
PC (2)
その他 (38)
お知らせ (10)
旧Doblogエントリについて (1)

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

FC2カウンター

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。