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作業部日誌V3

        

立山砂防にライド・オン!

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10代のころに『知られざるナローたち』や『THEトロッコ』といった書籍・記事に感化されて、勇んで足を運んではみたものの、『(軌道本線内)立入禁止』の立札に思い切り出鼻をくじかれた初訪問から早や35年―
どうやら昔と違ってネットで気軽に申し込めるようになったみたいだから…とあまり気負わず応募してみた見学会(正式には『立山カルデラ砂防博物館体験学習会』)に運よく当たり、初めて立山砂防軌道に乗ることができた。

当選を機に、今年から年間3日の消化が必須となった職場の有休を2日充てることにして、関電黒部訪問と組み合わせた1泊のプランを立案。もし土壇場で中止になったら地鉄の駅や市電巡りでもしよう…と構えていたが、当日は見事に晴れてくれて見学会は無事催行。バスでの行脚を経て昼過ぎ水谷に着いてからも天気は崩れることなく、つつがなく軌道完乗を果たせた次第。

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▲このあと乗ることになる見学会用人車列車。DLは26-10-3『小見』、人車は機関車次位から8-10-6・6-10-18・6-10-95の3輛だった。

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▲水谷出張所の全景。右手の人々は、出発の時間が近づき集合待機する見学会の参加者たち。乗車寸前まで道路の向こう側に行くことはできない。


▲乗車中の車内からの動画。1つ目は水谷出発直後、2つ目は樺平のスイッチバックにて転線の最中。


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▲車内からなんとか捉えた樺平18段スイッチバックの一部。

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▲鬼ヶ城連絡所を通過

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▲鉄橋を渡る(おそらくグス谷橋梁?)

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▲天鳥トンネル突入の瞬間

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▲およそ1時間40分を経て千寿ケ原に到着。

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▲出発前に急ぎ足で立山カルデラ砂防博物館々内を見学した際の一コマ。かつて活躍した酒井5tDL(Tld-251)が保存されているが、外観こそピカピカなれど、ボンネット内のエンジン等が抜かれてしまっており、完全な状態とは言い難い。


参加したのは、往路はバスで立山カルデラ内の景勝地や史跡を巡り、復路を軌道終点の水谷から起点の千寿ケ原(富山地鉄の立山駅すぐ傍)まで下るコース。
ただ、場所が場所、そして時代が時代だけに安全にはやかましく、乗車直前まで軌道や列車に近づくのは御法度、一旦乗ってしまうと狭い人車の中に2時間近くカンヅメで、谷側の席を押さえそびれると外の景色の写真を撮るのも容易ではなく、軌道の撮影が目当ての人にとってはかなりストレスが溜まる環境かもしれない(自分は開き直って機関車のお面にカブリツキの席を選んだ)。
乗車の際にガイドさんから聞かされて初めて知ったのは、現在の人車運転時における側扉の扱い。谷側は開け放しでも構わないが、山側は落石の被害に備えて必ず閉めるように徹底されているとの由。現行の先々代に当たる開放型の人車に後からアルミサッシの側扉を取り付けたり、その一代あとの側面にアコーディオンカーテンを備えた人車が意外に早く淘汰されたりしたのは、それが大きな理由だったのだろうな、と納得する。
実際に乗ってみた人車の乗り心地は、急カーブやポイント通過時こそ相応に揺すられるものの、サスペンションを設えた軸受と保線の良い軌道のおかげで不快な突き上げはほとんど無く、意外とマトモであった。

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▲今回の見学会の行程表(2019年度 トロッコ個人コース1班)。



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▲朝の見学会集合前に捉えた、千寿ケ原での車輛出庫シーン。1枚目のスチルは、3番目に庫から出てきた26-10-1『立山』牽引の人車。


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▲一番列車のモーターカー(12-10-2)が朝日を浴びて出発

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▲千寿ケ原構内外れの『運行管理所』前に待機する列車たち。

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▲北陸重機製5t機の、おそらく最新グループと思われるうちの1台・27-10-2(他に27-10-1、28-10-1を確認)。

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▲千寿ケ原の常願寺川河原『トロッコ展示レーン』の保存車。加藤の4tガソリン機・5-Tg-5は変わらず在るものの、後ろに連なる車輛は、大川寺遊園の豆汽車編成から旧型人車改造の荷物車2輛(車番は前から人車-11、人車-10)に置き換わっている。

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▲現在の貨車の主力である2t積台車(12-10-7)。このグループは、従前からのピンリンク式ではなく人車と同様のウィリソン式連結器を備える。

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▲夕方近くになり、26-10-2『鳶山』に牽かれて山から下りてきたホッパー車編成(奥より7-10-2、7-10-1)。

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▲続けて26-10-1牽引の人車も。人車2輛目(17-10-3)は側扉両開き式のタイプ。

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▲列車を降りてきょう一日の仕事も無事終了、足早に事務所へー夕刻のこの風景は昔から変わらない。

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▲車輛たちも庫へ帰ってきた。DLのキャブ背面の橙色の物体は折り畳み式担架との由で、今はすべての動力車に装備されている。

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▲12-10-2が出動後の庫の奥にモーターカーが3台並ぶ。中央が、ルーフキャリアが無いことと、反対側から見たときの正面窓上の手スリ形状から55-10-64と判る。両脇2輛は消去法で3-10-101と4-10-45になるが、流石にどちらがどちらかは判別つかず。


見学会の前後の時間は、千寿ヶ原の敷地外から長ダマ駆使で構内を行き来する車輌たちをひたすら追いかけ回した。
機関車が動いている姿を見るのは前日に訪れた関電黒部同様16年ぶり。前回訪問時点ですでに千寿ヶ原の構内設備とセキュリティは今と変わらぬものになっていたが、その間に北重5t機の大半が世代交代していて、メディアでは紹介されたことのない新台が少なくとも3輛いることが判明した。
一方、モーターカーの布陣は2000年の12-10-2増備以来変わっていないようで、最古参の55-10-64も、庫の外の覗き窓から屋根上ディテールの判別で辛うじて現存を確認。
しかし、現車の製造番号を目視することも巻尺を当てることも叶わず、博物館1Fの庫に仕舞われたままの車輛は管理番号の確認すら困難で、見たまま調査には根気が要るなあ…と。
ともあれ、前日の黒部と併せて、久々の実用現役ナローの乗り撮りを堪能し、心地よい疲れを感じて富山の地を後にしたことであった。

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最後にお目にかける写真は、往路にバスで訪れた『六九谷展望台』からの眺め。
崩落しかかっている尾根に組まれた足場の上に何人もの作業員の姿が…高所恐怖症でなくとも足の竦みそうな光景で、このエリアの砂防・治山事業の最前線の過酷さをあらためて実感させられたのだった。


【写真すべて:2019.7.24撮影】

★なお、この日の実況的なツイートはコチラをご覧いただければ幸い。
   
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  1. 2019/07/30(火) 04:26:14|
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那珂川に行ってきた

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▲酒井の5tって小さいのねえ、と実感するひとコマ。

なかなかブログを更新する余裕もなかったが、久々に私的なおでかけ報告を。
一部で話題の『那珂川清流鉄道保存会』にようやく足を運ぶことができた。
3tの内燃機からブルトレの客車(!)まで縦横無尽のラインナップに圧倒されるが、その中からナロー物のポートレイトをまとめてお目にかけてみたい。とはいえ、一部撮り漏らしたものもあるし、さらに内燃機絡みは書きたいこともイロイロあれど、今回は取り急ぎ“見てきた”だけで突っ込んだ話も訊けていないので、説明は最低限にとどめておく。


●蒸機

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むさしの村 協三6t G=2ft  背後に見えるのは留萌のクラウス17号。

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台湾糖業 No.360(チュービッツ) G=2ft6in


●林鉄系 G=全て2ft6in

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長野営林局(王滝署)No.76 酒井5t

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秋田営林局(能代署) 酒井4.8t

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秋田営林局(能代署) 客車 ※殆ど新製に近いと思われる復元

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長野営林局? 鋼製運材台車(岩崎レール) ※2組有り。ともに4M長の杉材を積載。


●関西電力(木曽) G=全て2ft6in

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加藤7t

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客車(岩崎レール)

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上2台の関電須原発電所保存時代の説明板。馬頭運送にて。

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松岡10t(級) ※機関:日野DS50・S/N 61026

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加藤3t・S/N 60062 ※機関:いすゞDA220・S/N 505289


●産業系

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東鉄運輸 加藤3t(加藤台枠+酒井ラジエター) G=2ft 

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蔦屋建設 加藤3t G=2ft ※機関:トヨタ6気筒(G)、台枠の錨マークは「削正跡を元に復元」したとの由だが検証の余地有り。
↓蔦屋建設にて保存時代の同機(左側)。1993.8.7
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金子組 加藤5t G=2ft ※公式HPでは5tとされているが、4tクラスの機体。

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建設省? 加藤6t G=2ft

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関東特殊鋼 ニチユ6t G=2ft6in

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小川工業 4~5t?(酒井台枠,ラジエター,変速機+加藤キャブ,砂箱) G=2ft ※機関:加藤K-1(G)・S/N 1317

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小川工業 ナベトロ(右・他2輛有)/平トロ G=2ft

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蔦屋建設 ナベトロ G=2ft

●豆汽車

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アルナ工機製 蒸機型DL+客車 G=2ft6in ※浜寺公園『浪花号』と同型。現役時代の使用者=? 機関:いすゞ6BB1

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C-12 G=2ft6in ※保存会(馬頭運送)自社製。フォークリフトの改造か?


それにつけても(都内からは)遠い所である。
今回はTXでほぼ終点近くの万博記念公園駅まで行き、そこから牧場さんの車に便乗させていただいたのだが、さらにタップリ2時間余かかった。
だが、見聞きしたいことはまだまだ尽きないので、年明け辺りにでもまたお邪魔してみたい。


★写真:特記以外すべて、2012.11.24 那珂川清流鉄道保存会および馬頭運送(株)にて撮影。
  
  1. 2012/11/27(火) 03:55:09|
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例によって成田詣

馬鹿のひとつ覚えと言われようがなんだろうが、GWは成田と決まっているのである。
当日のヨタ話についてはツイッターの方を見ていただくとして、こちらにはちゃんとしたカメラで撮った写真の方を。

もっとも、すっかり酔いが回ってから撮り始めたせいか、途中でレンズを換えるというアタマがまったく働かなかったようで、結果的に一本のタマだけで回したものを並べ立てる結果に…精々御笑覧いただければ。

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満員御礼の客レの合間を縫って、6号の単回。


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落成まぢかな三線庫の中では、地道に軌道敷設の作業がつづく。



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縦罐、動と静。



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ウエストラインに還る。


★写真すべて、2010.5.3 成田ゆめ牧場まきば線 LUMIX G1+キヤノンFD85mmf1.8s.s.c.

    
  1. 2010/05/04(火) 23:18:42|
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松下G1+キヤノンFD試写

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手持ち銀塩玉活用のために手を出した松下G1だが、キヤノンFD用のマウントアダプターもようやく入手できたので、いつもの近所の電車で試し撮り。
★画像すべて2009.12.6撮影。機体:LUMIX G1 画質設定=4,000x3,000pixelファイン/フィルムモード=スムースで撮影したものを長手方向800pixelにリサイズ(トリミング・色調修正一切ナシ)。すべてクリックで拡大。

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JR山手貨物線 恵比寿―目黒 FD85mmF1.8s.s.c. 1/200 f4 ISO100

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JR山手線 五反田 NewFD135mmF3.5 1/250 f4.5 ISO100



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東京急行電鉄池上線(以下全て同) 7914F 五反田 NewFD135mmF3.5 1/250 f4.5 ISO100

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7101F 戸越銀座 FD85mmF1.8s.s.c. 1/320 f4 ISO160

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1019F 戸越銀座 FD85mmF1.8s.s.c. 1/250 f4 ISO160

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7914F 荏原中延 FD85mmF1.8s.s.c. 1/125 f2.8 ISO160



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洗足池 NewFD50mmF1.4 1/60 f2 ISO200

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7913F 洗足池 NewFD50mmF1.4 1/20 f2 ISO200

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7914F 洗足池 NewFD50mmfF.4 1/30 f2 ISO200

  1. 2009/12/08(火) 03:25:25|
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近江の窓

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彦根ご城下巡回バス(近江鉄道 いすゞBXD30)


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豊郷小学校旧校舎群 講堂


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近江兄弟社学園 教育会館


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近江兄弟社学園 ハイド記念館




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近江鉄道 彦根口駅便所

<すべて2009.10.31~11.1撮影>


週末に一泊で近江へ行ってきた。
主目的がこれだったのと、あいにく近江鉄道の彦根口車庫が公開日でなかったために車輛系鉄分は少なめだったが、ひょんなことから(おそらく)生まれて初めて“走る”ボンネットバスに乗車、という予想外の収穫もあった。
ちなみに4枚目の画像、いつの年代のどんな材質の塗料だとこういうことになるのか、Oスケールくらいなら再現可能だろうか…とか要らぬ興味がつきない。

  
  1. 2009/11/03(火) 22:40:38|
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21世紀のフォード万歳

なんかもうポン引き氏がすっかり祭にしちゃってていまさらな感もなくはないが、御多聞にもれず足尾に出撃、“足尾のフォード”のレプリカが走り回る姿を堪能してきた。

で、書きたいことはイロイロあるが先ず取り急ぎ動画をうp。










↓手漕ぎトロも楽しかったじぇ!
 ウチにも欲しいが先立つものがなっしんぐorz



(撮影すべて、2009.8.9@足尾歴史館『ガソリンカー祭』)

やっぱしキモは「これがA型フォードのサウンドじゃあ!」という辺りなわけでね。
しかし動画の音質に関しては端的に言ってまーくんよろづさんとこの方が良かとです。
ごめんなさいすいません。
  1. 2009/08/11(火) 02:55:24|
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静岡行アリバイ報告

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▲遠州鉄道 西ヶ崎 留置線に佇むED282・モーターカーと、出発するクハ1501+モハ1001の下り電車 2009.5.23

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▲遠州鉄道 ED282 西ヶ崎 2009.5.23

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▲遠州鉄道 モーターカー 無番号(松山重車輌工業製) 西ヶ崎 2009.5.23

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▲遠州鉄道 モハ26+クハ86 新浜松 2009.5.23

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▲天竜浜名湖鉄道 TH2900 宮口 2009.5.24

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▲大井川鐵道 モハ21003+モハ21004 千頭 2009.5.24
<以上の写真、すべてクリックで拡大>

週末、静岡の方に行っていた。
実態はというと、ニョーボが“浜松に住んでる友達に会いに行くことになったので、その日ついでに温泉でも泊まって、ついでにどっかへ電車に乗りに行ってやってもよい”みたいな事を言い出したので付き合うことにし、結果としてドロナワ式にこんなものを乗ったり撮ったりしてきた、という次第。
遠鉄は現地でニョーボが友達と落ち合っている数時間の間の単独行、それ以外はニョーボ同伴である(ちなみに投宿先は舘山寺温泉)。
実をいうと、鉄道利用で遠くに行って現役実物鉄道の写真を撮る…ってのは昨冬の長電以来だったり。ナマってるなあ俺…

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大井川では蒸機列車や井川線のアプト区間にも乗ったりした。ニョーボはここへ来るのが初めてということもあり割と面白がっていたが、現地では乗り換え時間に追われてほぼ純粋な乗り鉄に終始したため、マトモな車輛写真は上掲のズームカーのカタシキが関の山。できれば両国寄ってDBちゃんと見たかった…
▲上:往路に乗ったSL急行かわね路号、金谷進入の図。編成はC11227+客車7輛+補機の電関(E102)というフル編成/▲中:先行して千頭に着いていた臨時SL急行はタイ国鉄コスプレのC5644/▲下:さすがシーズン中だけあり、井川線も客車10輛+DD20重連+ED901重連と総動員状態 アプト市代―長島ダム すべて2009.5.24

*写真すべてGX100
  1. 2009/05/25(月) 01:59:21|
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今年の成田

GW報告その2。
5/4にオノデラさん、牧場さんと待ち合わせて恒例の成田詣を。
今回の千両はなんといってもコレ!↓



ゴンドラの空制化、無線による運転指令…と地道に近代化を進めつつある羅須の最新ハイテクデバイスが、ガラスハウス脇の乗降場の先の踏切に設えられた警報機。ただし遮断機は手動のままなので、分類上は『第一種乙』になるのかな…?
ごらんの通り、警告灯はなんとスコップの改造。線路を挟んだ反対側は角型スコップで、ご一緒したオノデラさんは「エコーのやつが使えるね!」とコーフンなさってましたw。ナノLEDを使えば点灯化も夢ではない?!

で、次なる近代化は、車輛のケーディー化自連化でしょうかね?U●さん!(^^)



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機関庫は延長+2階増築なる。裏手では木製の扉(4枚折戸)を鋭意製作中。

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今までインジャンやトロが転がしてあったりプレハブが建ってたりした一隅はキレイに整地され、これから3線収容の車庫を建てるとか。完成の暁には、殆どの車輛たちを雨曝しから守れるようになります。

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営業終了間際の臨時列車。保線大臣の目が光る!

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ゆめ牧場のサイロ脇のホール『ビッグバーン』内では、けむりプロの基隆炭鉱の写真(『鉄道讃歌』収録作+α)を展示中。杉さん曰く「いつまで展示かって?外せって言われるまでだヨw」だそうなので、近々牧場訪問の機会がある方はぜひ。

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おおおこれは!ナベ風呂の準備ですネ?
もっともおいらは用事があって日没前にお暇したので現場を目撃するには到らずorz

…A事務局長さま!ブログ更新ご期待申し上げますです<(_ _)>


【動画・写真すべて 2009.5.4 成田ゆめ牧場まきば線 GX100】
  1. 2009/05/06(水) 22:04:56|
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GX100+135mm試写Part2

亀の連載(?)、昔の写真捜しに難航してたりetc.で停滞中ですすいません。
なので、気分転換にまたもや書きかけネタサルベージの実車画像羅列大会を。少し前にうpした池上線のと同様、昨夏のGX100+TC1試し撮り。

★写真すべて、リコーCaplio GX100+コンバージョンレンズTC1(135判で135mm相当)/3264x2448pixel・画質Normalの原画を横幅500pixelにリサイズ(トリミング・色調修正ナシ)

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▲山手線 目黒 2008.7.6

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▲中野駅南口 2008.7.6

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▲中野駅南口 2008.7.6

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▲新宿駅西口 2008.7.6

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▲出を待つ7000系ロマンスカー。小田急電鉄 新宿 2008.7.6


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▲複々線工事真っ盛り。小田急電鉄 下北沢 2008.7.6

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▲下北沢 2008.7.6

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▲めっきり数の減った5000系 下北沢 2008.7.6

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▲電車を見つめる子供は、今も昔も変わらぬ情景。下北沢 2008.7.6

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▲小田急電鉄 豪徳寺 2008.7.6

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▲通過線を激走する営団(…じゃなくて東京メトロか)6000系の多摩急行。豪徳寺 2008.7.6

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▲最近よく見かける高架線用?の微粒なバラスト。HOならキャンベル、Nだとモーリンのクラフトサンドの細かいヤツで丁度いいくらいか。 豪徳寺 2008.7.6

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▲小田急もいまや“走ルンです”風情がすっかり巾をきかせている。豪徳寺 2008.7.6

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▲東京急行電鉄世田谷線 302F 山下 2008.7.6

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▲135mmの画角を通してみると、高架脇の道が意外に複雑なカーブと起伏を描い
ているのがわかる。模型化は手強そう?。 豪徳寺 2008.7.6

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▲東急世田谷線 304F 山下 2008.7.6

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▲一つ上のコマもそうだが、オノレはいったい何処の田舎私鉄か…と言いたくなる線路の草生しっぷりよ。意図的に除草剤を使わないためなのか、それとも単に保線の手が回っていないのか。 東急世田谷線 松陰神社前-若林(302F車内より) 2008.7.6

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▲東急世田谷線 302F 三軒茶屋 2008.7.6

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▲東急世田谷線 302F 三軒茶屋 2008.7.6

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▲山手線 渋谷 2008.7.12

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▲山手線 渋谷 2008.7.12

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▲渋谷駅東口 2008.7.12

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▲東京メトロ副都心線 渋谷駅コンコース 2008.7.12
  1. 2009/02/12(木) 00:18:12|
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GX100+135mmで池上線を撮る

気がつけば、今年も残すところたったの10日強。

あああ年賀状作んなきゃ!

…と追い詰められてやっと手をつけはしたものの、みごとに途中で飽きて現実逃避モード発動w、ンヶ月前に書きかけでオクラになってたネタをサルベージして仕上げてみたのでみてみてね。
(ダメだこりゃ)


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▲TC-1を付けた状態のGX100

目下のウチのメインカメラは、リコーのGX100である。
この機種、ここを見てくださっている皆様の多くはご存知かと思うが、リコーお家芸の接写の強さに加え、マニュアルを含めた絞り優先の露出制御が可能なため、被写界深度を稼ぐ必要のあるレイアウトやジオラマの撮影にはうってつけ。
さらに手ブレ補正のおかげで、運転会の会場や工作台のような室内環境でも手持ちで気軽に撮影ができるとあって、一部では『模型撮影に最適なデジカメ』としてもひそかな人気者だったりする。なんせ後継のGX200も含めると、近しい知り合いのナローゲージモデラーだけざっと5、6人ユーザーがいるんですよ!なんだか杉山さんのベビークライマックスなみの普及率だネ!(どういう喩えだ)

さて、自分の場合、実物鉄でもこいつをほぼ絶賛愛用中ではあるのだが、実車撮影においてはひとつ大きな弱点があった。ズームのテレ側が135判相当で72mmまでしかないので、“走っている列車を撮る”のが苦手科目だったのだ。
ゆえに、そのテの撮影に関しては、引き続き30年落ちのロートル銀塩機に頼るか、いっそデジタルSLRに手を出すか…と微妙に悩ましい日々であったが、この夏にリコーからTC-1と称するGX100・200用のテレコンバージョンレンズが発売になった。これを付けると、135mm相当の焦点距離が得られるという謳い文句である。
アダプターを含めると量販店でも20,000円前後になるから、コンデジのアクセサリとしては結構なお値段ではあるが、GX100一台ですべて事足りるならそれに越したことはない、というわけで買ってみた。

以下はその結果。いくらか試し撮りをしたのちに、ホンチャンとして池上線を撮ってみたもの。一部の画像は、未加工の原画を別鯖にうpしてリンクを貼ったので、画質やExif情報に興味のある方はどうぞ(一コマ3.5MBくらいあるので注意)。

★写真すべて、東京急行電鉄池上線・目蒲(多摩川)線 2008.7.26
リコーCaplio GX100+コンバージョンレンズTC-1(135判で135mm相当)/焦点はMFモードで∞固定/3,648×2,736pixel または 2,736×2,736pixel・画質FINEの原画を横幅500pixelにリサイズ(トリミング・色調修正ナシ)

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▲7901F(前より7701+7801+7901) 石川台―雪が谷大塚
未加工原寸大画像

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▲7662Fと1320Fの離合 雪が谷大塚―石川台

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▲雪が谷検車区に憩う 左から7912F・1022F・7902F・1019F
未加工原寸大画像

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▲池上線80周年ヘッドマークを掲示の1313(1012F) 奥に見えるのは7906 雪が谷大塚

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▲デハ7712(7912F)の横顔 雪が谷大塚
未加工原寸大画像

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▲7813F 石川台

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▲石川台に進入する旧7000系列きっての異端車・7915F(前から7715+7815+7915)
未加工原寸大画像

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▲旗の台駅は依然改良工事続行中 7907F 

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▲蒲田駅を望む 左から1020F・7905F・7102F
未加工原寸大画像

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▲雪が谷区の新鋭・(新)7000系。今までの東急車らしからぬ前頭形状と、子会社の旧塗装をパクったにインスパイアされたと思しきカラーリングが特徴。7101F(前から7301+7201+7101) 矢口渡―蒲田

実際にTC-1との組み合わせで使ってみた感想を簡潔に記すと、
○=画質の低下はほとんど感じず、実用上支障なし。歪曲収差がほぼ是正されるのもうれしい。
△=タマが意外と重く、HA-2アダプターと本体間の取付強度にやや不安が
×=AFでまともに遠景のピンが合わない

…そう。接近戦はまだいいが、野に出て実物のデンシャ相手の勝負だとAFがダメなのである。導入に合わせてファームウェアのアップデートもしたが、合焦までにジーコジーコと迷いがちなうえ、撮影後にプレビューをチェックしてみると軒並み前ピンときたもんだ。
さすれば、焦点調節を∞固定モードにしたらどうかと試してみたら…∞固定モードのくせに無限遠が出てねえよ!(個体差の可能性もあるが…)
すったもんだの挙句、少なくともウチの機体に関してはMFモードにして、且つ手動で∞にすると無限遠が出るということが判ったので、上に掲げた画像はすべてそのやり方で撮っている。
実のところ、撮像素子の小さい(GX100のそれは1/1.75サイズなので凡百のコンデジの1/2.5よりは若干大きいが)カメラゆえに、135mmクラスの望遠でも、本線用大型車輛のカタシキや走りのような、被写体へのディスタンスが10m以上ある条件なら、ピンは無限遠にしておけばすべてカタがついてしまうのだ。それゆえ、ピント合わせに神経を使わずにシャッターチャンスに集中できるから、レリーズのタイムラグさえ会得していれば、走ってくる列車をフレームのギリギリまで引き込んだ画も思いのほか楽に撮れる。

コンデジは、ボケを活かした画を撮りづらいことや画像の立体感に欠ける点をしばしば謗られるけれど、“長ダマ・ISO100・1/500sec以上の高速シャッター・開放絞り”という条件でも、列車の編成のアタマから後ろまでピンが合うというのは、135判以上のカメラには逆立ちしてもマネできない美点であろう。
たまには前後ボケボケの写真も悪くないが、自分の鉄道写真は基本的に記録性重視のスタンスってこともあるし、今回お目にかけた程度の画質が得られるなら、デジタルでウスラでかいSLRにわざわざ手を出さなくとも当面はやっていけそうかな、というのが正直な感想。


…つか、それ以前にデジイチとか買うようなお金ないしな!orz
  1. 2008/12/21(日) 12:49:40|
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夏と秋の想い出らしきもの(by銀塩)

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▲秩父鉄道 武州中川―浦山口 C58363他 2008.8.14 キヤノンF-1 85mm KR

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▲林野庁林業機械化センター(根利) 協三10tDL(北見局津別署→長野局上運No.141)  2008.10.14 キヤノンF-1 135mm KR

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▲頸城鉄道資料館(百間町) ハ6+2号機 2008.11.9 キヤノンF-1 35mm KR

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▲上田電鉄別所線 八木沢 モハ7253+クハ7553 2008.11.9 キヤノンF-1 85mm KR

6月に期限が切れてるうえに、撮影後2週間~3ヶ月のあいだタップリ寝かせた(w)コダクローム3本をやっとの思いでカンザス送りにしたら、たった11日で帰ってきた。不況のくせにやるなア×公(謎
というわけで、すっかり旬は過ぎた写真だがアリバイ的にうp。
発色どうだったかって?まあシロウト目にはたぶん許容範囲(ていうか、ふだん銀塩扱ってないからもう微妙な色の善し悪しなんてわかんねえorz)。

ちなみに根利の協三10tは、デジカメで撮るとえてして↓こんな色になっちまうんだが、実物の色合いは↑のやつみたいな感じなのでおぼえておくとよい…かもしれない。

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▲根利 2008.10.14 リコーGX100

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【追記】 2008.12.8
↓元社員さんのツッコミを受けて、協三10tの色をいじり直してみた。
上に貼ったのは元ポジに色を合わせたつもりだったが、手許のFDはややマゼンタ被りのケがあるのを忘れてたorzので、それを念頭にリトライ。
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↓さらに参考までに、去年の根利林鉄まつり(2007.10.21)の際に撮った晴天順光時のカット比較を。
▼リコーGX100。色調は弄らずリサイズのみ。
▼▼M6+ズミクロン50mmf2(#240xxxx)+PKR。色調は元ポジ参考に調整。
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  1. 2008/12/07(日) 22:47:07|
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百間町行ってきた


↑とりあえず動画を。
他の画像とか詳しい話はまた追って。

そして帰りに寄り道。
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オイここは雪ヶ谷か?奥沢か?行先表示も心なしか下丸子に見えるぜ! 2008.11.9 下之郷

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でも、紺白ツートンの7200は悪くない。つか意外と気に入った
こんど天気のいいときに行ってちゃんと写真撮ってみたい。  2008.11.9 八木沢

P.S. 三室さん、帰路別所線お付き合いいただきお疲れさまでした。
帰りがけに車窓から見られたはずの上○原駅とか○田駅のご感想をゼヒお聞きしたいです(w
  1. 2008/11/12(水) 02:53:09|
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【GW報告その2】4日は成田詣

GWの報告をしますとか言っときながらGW空けてから色々とgdgd状態でしてね、しばらく更新どころではなくなっておりました。すいませんすいません。

4日、個人的にすっかりGW恒例となってる成田詣へ。もちろんお寺さんの方ではなくて、2ftの蒸気・内燃動力併用の某軌道の方であるのはいうまでもない。

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今回仕業に就いていたのは6号機&ポッター。

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軌道の内周は折りしも菜の花が満開。お花畑を軽便はゆくよ♪

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でも、どっちかってえとお花畑の彼方で保線大臣のユンボが雄叫びを上げている図の方に萌えるおいらは人としてまちがっとるでしょうか。



▲いつのまにかソロバン玉をのっけたポッター。仕事が終われば魂の走りで帰庫。

毎年天気には恵まれていたGWの成田だったが、今回は空しくも雨!雨!つまんない雨!orz (厳密には往路東関道が雨、現地は曇ときどき霧雨)
それでも「悪天候でこそ蒸機!」「1/60さえ切れれば勝利!」とか独りごちながら、期限切れ寸前のKRをF-1とM6駆使して3本消化。そのうえ他にコンデジ2台もぶら下げてたもんだから、VX2000さんに「千手観音ですねーww」と呆れられる。
回した3本だが、お金ないから今回からカンザス直送さね。上がってきたらうpしたいと思うけど、果たしていつ帰ってくるかわからんのがなんともはや。

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【画像と動画(最後の一枚以外):成田ゆめ牧場まきば線 2008.5.4】

P.S. T田さん>3号のカラーサンプルありがとうございます<(_ _)>
そのうちフォトショ相手に努力してみますです。
  1. 2008/05/14(水) 02:52:44|
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【GW報告その1】 魔がさしてLittle TGVに行ってみる

なんやかんやで連休もオシマイ。
月曜ならぬ5月7日を倒しに行きたいんですがいいスか?だめ?あっそう。
しょうがないから(何がしょうがないのか)GW後半の主だったデキゴトを順次小分けにしてお届けしましょかね。

今宵はGW谷間の5/2のお話。この日は暦通り仕事だったが、夕刻に友人Hから飲みの誘いが入る。
で、行ったのがよりによってこんなとこですよ、奥さん。

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前から別の仲間内(先日沼尻に行った某集団ともいう)では話題になっていたのだが、思わぬところから誘いがキター!ていうか、H君も微妙に関心はあれど一人で行く勇気はねえ、ってわけか。そんじゃ利害一致、即決行あるのみ。

んで、結論から先にいうと、キビシー。だめだこりゃ!に限りなく近い微妙、とも。
入口の風情がおよそ飲食店に似つかわしくなく「マ○ヘルみたい」(以前行ったら閉まってて入口だけ見て帰ってきたM氏談)なのはここいらへんのこの手の店なのでまあしょうがないとしても、店内に踏み込めばこれまた客層が客層だけに気圧される。案内された席の隣では、583がどうの旧客がどうのとか騒いでるし。いやおいらも国鉄型の中では583や旧客は好きなほうだけどさ。眩暈がするのはどうしてかしら。
べつに客層やそういう話題で騒ぐことを謗るつもりは毛頭ない。解りやすくいえば、すでにご同業が沢山いるお立ち台にあとからノコノコ分け入ってくときと同じ気マズさに陥っちゃって萎えてる俺たちが悪いだけです。ええ。

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気を取り直して何かモノを頼めば、↑のごとく「○○到着でございまぁす♥」とか言いながら注いだり剥いたり絞ったりぶっかけたりしてくれるけど、こっちも眩暈がしてるのであーはいはいありがとね、それより最初に頼んだ○○まだ来ないけどどうなってんのってな状態。
イイことは店内が禁煙でないことくらいか(このテは禁煙店が多いらしいと聞き覚悟はしていただけに、逆に意外だった)。

結局2時間ばかり、“鉄道居酒屋”を謳う店に来ておきながら、鉄とは全く関係ない話題のみでぶちぶち盛り上がり、閉店と同時に店を後にした。
話のネタにはなるが、それ以上でもそれ以下でもないお店だったとさ。
つか、昔からわかりきってる話だが、“鉄”と一口に言ってもその趣向は千差万別。少なくとも酒井F2がどうとか蓄音機ガレージがこうとかクンブレス峠がなんたらとか言ってるような手合いにはあまり向いてないであろうことだけは確かであり。
ちなみに、誘いに乗って仕事を半ばで放棄したおかげさまで、こちとらメデタク3日も出勤するハメになりました。やんぬるかな。
  1. 2008/05/07(水) 01:32:52|
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小布施の保存車の中

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だいぶ間が空いてしまったが、長電ネタのしんがりを。
小布施駅には、『ながでん電車の広場』と称して、同社の旧型車などが保存されている。とはいっても、見ての通り狭いスノーシェッドに無理やり押し込んだような形で、少なくとも外観の写真を撮ったりするのには全く適していない。
その代わりというべきか、車輛の脇には点検台のごとき細い通路がへばりついており、車内には自由に立ち入れるようになっている。
なので、車内の写真でもお目にかけようかと。
ただし、外観の画像については、オクラ出しも兼ねて昔撮ったもので代用させていただくが。


■ED502(→ED5002→越後交通ED511)

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私鉄としては珍しい部類の純箱型電関で、見てのとおり省ED15の兄弟分。運転台には日立マークの制御器が鎮座する。


■デハニ201(→モハニ201→モハニ111→モハニ131)

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▲ED502ともども須坂駅構内で屋外展示されていた頃。 長野電鉄 須坂 1983.7 CNT フジHR100 (※クリックで拡大)

お次は汽車製のモハニ201。合造車だけに白眉は荷物室。運転台背後の仕切の幕板が三日月形なのが目を惹く。

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■デハ354(→モハ604→上田交通クハ271)

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▲1986年秋、上田交通の昇圧に伴い廃車後、すぐに保存のために長電が引き取ったものの、'90年に小布施に『電車の広場』ができるまでは屋代の側線に放置されていた。後方は当時まだ屋代線用に現役だったモハ1501。1988.8.31 長野電鉄 屋代 F-1 50mm KR (※クリックで拡大)

“川造型”の典型的なサンプルといえるモハ604。上田交通に譲渡され、クハ改造のうえ就役するも持て余しぎみだったようで、自分も上田の側線で昼寝している姿しかお目にかかった試しがない。したがってこいつの車内をちゃんと見るのは初めてである。
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▲ちょっと意外だったのは、肘掛がパイプなこと。扉ともども後年の改造だろうか。

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そもそも私は、昇圧前の別所線に5回も足を運んでいるわりに、運悪く、このクハ271を含む上田に転じたすべての元長電車(モハ5271、モハ5261、クハ261)に一度も乗車する機会がなかった。
5271はクハ271と同系の川造製、5261と261は先述のデハニ201と同系の汽車製だから、これらの電車の車内の雰囲気をかれこれ20年越しでようやく直に体感できたというわけ。むろん、贅沢をいえば“現役”の頃に味わいたかったのは言うまでもない。

ところが。
モハ201の車内をうろうろしているときに、同行の友人Hが
「ああ~、この荷物室おぼえてます」
聞き捨てならんことを言う。

な、なにい。
の、乗ったことがあるですって。なななんといううまやらしい、じゃなかったうらやましい。

実は、Hはおふくろさんの郷里が松代で、幼少の頃は帰省のたびに長電に乗っていた由。時代的にいっても当然1500形以前の旧型に縁があるという次第なのだが。

あ、あの、三セクや新線以外のほとんどの私鉄に乗ったことのあるおいらですら、“電車の合造車”は一度も乗ったことねえです。むかし一畑行ったとき赤いデハニは庫で昼寝だったし。国鉄なら辛うじて飯田線のクハユニ56やクモハユニ64程度。
なので同世代以下の鉄な人相手にはジマンしておやりなさい。>H


■モハ1005(→モハ1003)

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▲保存目的でマルーン塗装に復されるも、須坂の構内の隅に突っ込まれていた頃。長野電鉄 須坂 1983.7 CNT フジHR100 (※クリックで拡大)
【追記】(2008.3.23)
たまたま手許の資料(鉄ピク)を見返してみたら、上の写真の茶色いのはモハ1001(←1002)である由。要するに、同じモハ1000形でもいま小布施にあるのとは別個体ということになります。すいませんすいません。それにしてもこの1001番はどこへ行っちまったんだろか。塗り直したはいいが結局ツブした、とかいう話かしら…

最後は“ひろば”の一番奥に押し込められているモハ1000形。計10輛が作られた運輸省規格型の18m車で、同系の増備車である1500形は同社最後の釣掛駆動車として1990年代まで生き永らえた。

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▲車内は一部座席の背ズリとフトンが撤去されたっきりの状態。
▼ただ、そのおかげでドアエンジンの構造がよくわかるという余禄も。(※クリックで拡大)
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▲運転台(非貫通側)の中をのぞいてみる。真ん中のハコがいったい何なのかわからん…

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▲ちなみに非貫通側はこんなカオ。車内にいるのは(モハニ乗車経験のある^^)友人H。

【写真:特記以外すべて2008.2.23 長野電鉄 小布施『ながでん電車の広場』 GX100】
  1. 2008/03/21(金) 02:06:02|
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長野電鉄・柳原駅の角度

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今宵は、村山橋へ行くために偶々降りたった柳原駅のディテールをご覧いただこう。ホーム周りこそスロープ取付やカサ上げといった近代化をなされているが、駅舎は趣のある木造のままなのが嬉しい。
長電にはほかにもシーナリー・ハンティングをしてみたくなる駅がちょくちょく残っている。電車こそ8500であっても(w)、まだまだじっくり見る価値がありそうだ。
【写真すべて 長野電鉄 柳原 2008.2.23 GX100】




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▲プラットホームの上は如何にも最近改修工事をしたばかりという風情で、離合する電車が両方8500だとなおさら味気なく?見える。
いっぽう、架線柱はオリジナルの華奢な鉄骨製のまま。最盛期は4連が走っていただけに、側線の有効長は意外と長い。



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▲ホーム側から見た駅舎。



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▲木製の古びた待合室ではあるが、ポスターなど掲示物の類が賑やかで、廃止と背中合わせのような路線にみられる寂寥感は微塵もない。この鉄道がまだまだまっとうに機能している証拠だろう。



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▲駅舎を三方向から眺める。母屋そのものはけっこう寸詰まりな印象。待合室が丸々差掛けの下に造り付けてあるのも特徴的。



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▲駅前には店一軒なく、めぼしいものは電話ボックス・便所・木製屋根の駐輪場くらい。周囲はひたすら宅地のみ。



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▲▼便所。それなりに立派なモルタル造りながら、目隠しはガサツな青トタンという対比が楽しい。内部は朝顔が現役。
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▲旧貨物ホームから長野方構内を見遣る。ちょうど元日比谷線の下り列車が到着。

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▲貨物ホームの先にある詰所。寂れ具合からして、今は使っているとしても倉庫代用であろう。どこの駅でもそうだが、貨物側線を外した跡はもの悲しい。



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▲ホーム上の待合室。オリジナルをリフォームしたのか、はたまた新築なのか、どちらともとれる微妙な外観。ハテ真相は?



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▲降りてきたお客相手に集札をする駅員氏。電車の離合をやり過ごすたびに、床を掃いたりベンチを乾拭きしたりと、大変マメに待合室の手入れもされていたのがとても印象深かった。
  1. 2008/03/04(火) 02:36:05|
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ほんとうは村山橋です

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▲二子橋(嘘

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▲犬山橋(違

そもそもは、今回行った長電の写真を何枚か送ったら
「いやあ~寒そう。でも、8500は二子玉川的(?)で良いですね
と返事をよこしてくる某I氏が悪い。
いやもっと悪いのは8500の10連が旧二子橋の真ん中を走っているのをつい想像してしまったヲレか。
すまんかった。

長電の村山橋は、わが国では貴重な部類の“鉄道道路併用橋”としていちおう有名だったりするうえ、新しい橋への架け替えが着々と進行中ということもあって、今回電車の撮影がてら初めて歩いて傍まで行ってみた。
橋の袂からトラス内をズームアップして覗き見た感じは、ぐっとスケールダウンすれば上松の鬼淵橋梁のごとくでもあり、風情は悪くない。
しかし、贅沢を承知で言わせてもらえれば、漏れ的には“併用”なるコトバが付くからには、断じて電車が道路の上を走ってなければならんのである。こんな風に↓

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パノラマカーが間抜けなホーンを吹き鳴らしながらダンプやバゾウと仁義なきドツキ合い。これぞ正しい併用橋の姿!である。が、もう見られないのはさみしい限り。


…すっかり村山橋から話題が逸れてしまったのと、村山橋の画像が一緒にクルマが一台も写ってない寂しい絵しかない(銀塩の方では撮ったが、きょう秋淀に現像に出しに行ったら上がりは3週間後と言われた。メリケンは遠いのう)ので、罪滅ぼしに、運転台越しに8500が軽自動車に次々とブチ抜かれてく動画もうpしておく↓



【写真】上・中:長野電鉄 柳原―村山(村山橋西詰) 2008.2.23 GX100/下:名古屋鉄道 犬山遊園―新鵜沼(犬山橋南詰) 1986.4.2 SPF 135mm RDP
  
  1. 2008/02/27(水) 01:08:23|
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リンゴ色にあいたくて

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▲2000系D編成のB特急。背後は屋代線運用の3500系。 長野電鉄 須坂 2008.2.23 GX100

長野行きの目当ては雪のみにあらず。
というか、個人的には“リンゴ色の2000”を見たい、というのも動機としては大きかった。
やはり長電といえばこのカラーリングがいちばん印象深いから、昨夏に2000系のD編成が塗り替えられたと聞いたときにはちょいと心が躍ったもの。
我々の訪れた日は、新幹線から乗り継いだ長野発朝イチ(8:56発)のB特急がD編成。このスジは須坂でそのまま入庫し夕方までヒルネなので、あいにく本線上の走りを撮ることは叶わなかったが、椅子のクッションはヘタレていても天井の高く気持ちのよい車内と、大らかなベローズ式エアサスの乗り味を楽しめたのは幸いであった。
“走り”はそのうちリベンジしたいところ。手持ちのコダクロームの期限が切れる前に…


▲D編成の走行車内&須坂での構内転線風景。


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▲もうひとつ生き残って(?)いる“リンゴ色”、OS10。廃車体とも保存車ともつかぬ状態で須坂の側線に留め置かれているが、除籍から5年近く経つわりには外板はさほど傷んでおらず、それなりの手入れはされているのかも知れない。富山の14760系あたりと並んで、地方私鉄のまっとうな自社発注車の最後の残り香といえる存在だけに、末永くその姿をとどめておいて欲しいと思わずにはいられない。 長野電鉄 須坂 2008.2.23 GX100
  
  1. 2008/02/26(火) 04:20:11|
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長野は寒かった

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土曜日、友人Hと長野へ行ってきた。
「雪景色の写真が撮りたい」というお題であったが、現地に着いてみたら、長野~須坂辺りは積雪なんぞほとんどなくチト拍子抜け。
しかし、途中から雪が舞い始め、昼過ぎに湯田中まで行ったら半ば吹雪状態。寒さのあまり駅前の足湯に浸かるのも忘れてほうほうの体で帰途に。
主目的はそれなりに達成されどもビミョーな結果に終わる。

もちろん、悪いことばかりではない。
その辺は明日以降にでも。

▲長野電鉄 須坂 2000系A編成 2008.2.23 GX100
 
  1. 2008/02/25(月) 02:35:17|
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鉄道博物館に行ってしまった話

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「もう行ったんですか?」
「いや~…まだなんですよね」
「真っ先に行くかと思ってましたよ」
「すごく混んでるみたいでしょう。だから、もう少し落ち着いてから、と思って…」

…というような会話を、昨秋以降なんど職場の喫煙所で繰り返したことか。
表題の、鉄道博物館のことである。

私が鉄ヲタであることは職場の面々には軒並みバレてしまっているうえに、大宮のアレは世間的にも有名なスポットになってしまっているからこういう話の流れになるのは致し方ないのだが、カタギな方々に対して、自分があの場所へいの一番に駆けつけない真の理由なんてものは、説明しても話が長くなるだけだし話したところで理解が得られるとも思えない。そうなると「混んでるから」というのが最も簡潔にして明瞭な回答ということになる。耐性の程度の差こそあれ、人混みが「好きだ」という人はそうそういるわけじゃないし。

ただ、機会があれば行ってはみたい場所なのは事実でもあり、“開業ブーム”が落ちつくにはどれくらい待つ必要があるだろうか…と漠然と思っていたら、行く機会は思いの外はやく訪れた。
端的にいうと、ニョーボのせいである。

なんでも1/25~31の間、鉄道博物館で『Suicaまつり』なるものが催され、行くともれなくペンギンのマグネットがもらえたり、なんか抽選でグッズが当たったりするらしい。で、以前からスイカペンギンおたくであるニョーボが目をつけたのはいうまでもなく、抽選は当たらないにしても「2人でいけばマグネットは2個手に入るから」という理由で行こうと言い出したのだった。
期間中で2人とも空いてる日ということで、決行日は自動的に1/27に。
昼前に家を出て埼京線の客となり、久々にお目にかかるニューシャトルを乗り継いで大成駅に降り立つ。現地の様子だが、さんざんあちこちで紹介されている場所なので、とりあえず個人的に目を惹かれたものだけ画像を羅列してみる。

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▲有機的というかきもちわるい天井のニューシャトル大成駅コンコース


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▲美しく修復された茨交帰りのキハ11


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▲屋外をはしりまわる豆電車。軌間公称600mmなるも、実測550mmだった。why?


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▲一部の展示車輛内では弁当を食い散らかしてもよいらしい


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▲新村のトタン張の庫から引っ張り出してきてそのまま、といった風情の松電ハニフ1


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▲マニング・ワードル#815(日本鉄道 甲1→院/省1292)(だから素直に善光号って言えよ)のインサイドシリンダ


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▲アメリカンナロー以外の何者でもない開拓使号の足回り


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▲レムフとトロ函


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▲いまとなっては懐かしい、101や103初期車特有の浅い腰掛


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▲ED40は良い形のギアを使っていますねw


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▲朝鮮 満洲

現地は、想定の範囲内とはいえ、かなりの人出であった。ただ、冷静に中を歩き回ってみれば、実際には身動きもできないほどというわけではなく、保存車輛を人物を入れない状態で撮ることもさほど困難ではない。身動きに明らかにに支障を感じたのは、スイカまつりのスタンプラリーの行列で塞がっていた細い館外通路とミュージアムショップの店内くらいである。
あと、これから訪問を考えられている方に注意したいのは食料事情か。1階エントランスの日本食堂(NREって言えよ)の売店は閉館間際まで長蛇の列が途切れることはない状態だったのだ。ゆえに、お昼を跨いで観覧したい向きは弁当持参をお勧めする。
これだけ人がいるだけあって、当日は鉄な知り合いにも立て続けに会ってしまった(Uさんご夫妻と、中の人でもあるH君)。そういう意味でも注意?(w)した方がいいかもしれない。

それにしても溜息が出たのは、人の多さもさることながらその客層の幅広さである。こういう場所は以前だったら親子連れとヲタだけ…が定番だったのが、とにかく老若男女よりどりみどりで、このところの鉄道ブームがホンモノであるらしいと否応にも実感させられる。“鉄道が好き”などと言おうものならプラナリアかミジンコ並の扱いをされた時代に青春を送った身にしてみると、嬉しいというよりは、腑に落ちないというか、いささか気味が悪いくらいだ。

今がブームであるとすれば、それもいつかは去る。
そうなったとき、これだけ気張って用意した展示物を満足に維持しつづけられるのだろうか。
松電ハニフ、津軽のオハ、筑波の04など、むかし旅すがらに出会った車輛たちとの再会に感無量だった一方で、その先行きに漠然とした不安をおぼえつつ夕暮れの大成をひとり後にしたのだった。
…え?なんでひとりかって?
ニョーボならスタンプラリーの行列がひどいのに嫌気がさして「もう一個のマグネットおねがいね」とか言いながら先に帰りましたが、ええ(w

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▲たそがれのニューシャトル 大成にて

写真すべて2008.1.27 GX100

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  1. 2008/02/12(火) 01:46:00|
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ああ、林鉄まみれの秋 【旧Doblogエントリ】

例によって例のごとくご無沙汰ですみません。
いやはや、ここんとこ個人的にはすっかり“林鉄の秋”でした。去る10/21は根利の林鉄まつり、そして11/3・4は王滝村の林鉄フェスティバルと立て続けに森林鉄道絡みのイベントに出撃しておりまして。

根利は1年ぶりの訪問でしたが、その間にBLW(北見局置戸署3号)のみならず協三10tも外装レストアが完了。保存会の皆さんのパワーに恐れ入るばかりでした。
協三10tはもと長野営林局(上運)No.141ですが、このたびは新製当時の配属地であった北見営林局(津別署)時代の塗装を再現、図らずも上州の山奥に北海道の林鉄のカマが2台並んでお披露目となったわけです。
ところで、協三の“青”、困った?ことに羅須3号のときと同様、デジカメで撮った画像の色味が実物とは多少異なりまして、じっさいにはナガウラさんのブログにアップされた飯塚さんの作品の色がイメージとしてはズバリですね。飯塚さんは根利の保存会の熱心なメンバーでもいらっしゃるだけに、俄然説得力があります。

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【写真すべて2007.10.21 林野庁林業機械化センター(沼田市根利)】
        
  1. 2007/11/07(水) 02:23:09|
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新・ただしいなべぶろのはいりかた 【旧Doblogエントリ】

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前のエントリでお約束しておきながら、バタバタしててすっかり遅くなってしまいましたが、3日に見た“ナベ風呂”のお話とまいりましょう。

そもそも『ナベ風呂』とは何かといいますと、「ナベトロに水を張り湯を沸かして、お風呂として入る」という羅須地人鉄道協会の伝統芸能。
トロッコを風呂として使い、時にはそのまま本線走行もしてしまったりするという、ある意味トロッコマニアの夢?といっても過言ではない遊びです。
(上の画像は2004年GWのときのもの)

ところが、今回のGW運転を控えたある日、気になるウワサを耳にしました。今までは、蒸機のカマを焚くことによってお湯を沸かしていたのですが、据え置きで焚くために煙管が詰まるなど機関車にやさしくない面もあるため、今後はやらないかも知れない?…と。確かに、古い蒸機の延命のためには伝統芸能がついえるのも止む無し、なのかもしれませんが、今年からもう見られなくなるというのは、正直寂しさをおぼえずにはいられませんでした。
…しかし!現地を訪れた5月3日のこと。夕方になって、1輛の“風呂専用”ナベが手押しで入れ換えられまして、ポッターに連結されたのです。ワクテカで成り行きを見守っておりますと、なにやら色々小道具も用意され…果たして、ナベ風呂は新処方によりめでたく?実現される運びとなったのでした(^^)。

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まず、ナベの内側を洗浄ののち水を張り、蒸機からスチームを引き込みます。
今までなら、先述のとおりカマを焚き続けていましたが、今回は営業運転を終えて火を落としている最中のカマの余熱のみを利用します。しかし、それだけでも暫く置いておくと意外と良い湯加減に達しました。一人だけで入るならこれで充分なくらい。

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しかし、そのままでは冷めるのも早いですから、何人も続けて入るには難があります。そこで、トロのフレームにコンロを置いて直接追い焚きし、五右衛門風呂よろしくスノコを沈めて浸かる、という荒業が試されたのでした。
周囲の期待を一身に浴び?、自ら実験台になられたのはA事務局長ですが、いや~気持ちよさそうですねえ(^^)。
ただ、ナベに直火をかけているだけに「(追い焚き中は)背中をもたれるとちょっと熱い」という感想も…

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長時間続けるとプロパン代がいくらかかるんだ、という懸念もあるようですが、ともあれめでたくナベ風呂の伝統は守られました!メデタシメデタシ。

それにしても、A事務局長の入浴中、周囲ではごらんのように皆寄ってたかって“撮影会”状態でした(^^;)。ナベ風呂を初めてナマで見た、という同行の友人たちは、異口同音に「同性のハダカを見てコーフンしたのは生まれて初めてだwww」などとのたまいつつさかんにシャッターを…そういう?意味でも、鉄道趣味界の伝統芸能、いや無形文化財の面目躍如。すえ永く受け継がれんことを祈るばかりです(^^)

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【写真:特記以外すべて2007.5.3 成田ゆめ牧場にて】
     
  1. 2007/05/19(土) 11:41:53|
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池上線でもお花見を 【旧Doblogエントリ】

ひとつ下のエントリでお花見絡みの話をしましたが、じつはその翌日である4/1も続けて花見に繰り出していたのでした。ただしです(w)。
足を向けたのは池上線。むかしは緑色の旧型を求めてさんざん通ったものですが、ご多聞に漏れずステンレス化完了以後は足も遠のき、桜との組み合わせで撮るのは17年ぶり!だったりします。
報告が遅れたのは、金曜までフィルムの現像が上がらなかったからですが、来年からはコダクロームの現像も一週間どころじゃすまないのですからゼータクも言っておれません(^^;< FI2595543_1E.jpg 【東急池上線 石川台 1015F 2007.4.1 M6 50mm PKR】 池上線の桜の定番といえば、石川台の切り通しです。天気は晴ときどき高曇りとボチボチで、お立ち台となる陸橋の上はこんな調子でござんした。
もっとも同じ日、東中野の方はシェフのブログによればすごいことになっていたらしいので、遥かに平和ではありますが(^^;)。 FI2595543_2E.jpg 【永久橋(=石川台―洗足池間の石川台寄りの陸橋) 2007.4.1 R1】 撮影において昔と異なるのは、順光になる洗足池方向を心おきなく?撮れることでしょうか。3000系現役の頃は、蒲田方先頭車がほとんど“海坊主”で、当時3450命だった私がロクにカメラを向けようはずがなかったのですから(w
ところが今は、幸か不幸かやってくる車種をことさら気にする必要もない…あえて序列をつけるなら、7915F>7700歌舞伎>7700赤帯>7600>>>>>1000という感じですが、この日7915Fは雪ヶ谷でお昼寝でしたので、まあ1000以外ならなんでもいいやというノリでした。これが昔だったら、次に来るのが3452や3483であろうものなら本気で目が血走ってたもんですけどね(w お目にかける写真は、永久橋の上から笹丸橋を望む順光アングルの20年前と今日。切り通しの底というのは、えてして経年に伴う変化が少ない環境ですので、走っとる電車以外特に変わってないっちゃ変わってないです。ただ、今回は法面の植生が変わったのかそれとも単なる不作か、ムラサキハナナがサッパリだったのが少々残念でした。また、桜(ソメイヨシノ)の方も老化が進んだのか、昔に比べ枝ぶりが衰えている印象を受けました。 FI2595543_3E.jpg 【東急池上線 石川台―洗足池 左:デハ3506他3連(3505F) 1987.4.5 SPF 135mm KR/右:デハ7712他3連(7912F) 2007.4.1 M6 135mm PKR】 先頭車の車種を気にしなくてすむがゆえ、以前は“3450が撮れない”がために殆ど見向きもしなかった雪が谷大塚―石川台間の築堤にも足を運んでみました。
ここは写真(上)のごとく、中望遠できれいな編成写真を撮れるポイントなのですが、築堤の反対側(下)も街の風景との絡みという意味では良い感じの眺めでした。 FI2595543_4E.jpg 【東急池上線 石川台―雪が谷大塚 2007.4.1 上:デハ7712他3連(7912F) M6 90mm PKR/下:クハ7661他3連(7601F) M6 28mm PKR】 ついでに桜絡みばかりでなく、駅の様子もお目にかけましょう。
車輛は銀色オンリーになって久しいものの、ごらんの通り駅施設はまだまだ昔ながらのものを使いつづけている所が多いのが嬉しいですね。
駅舎の駅名板はさすがに全て『東急電鉄』表記の新型に置き換わってしまいましたが、ホームの駅名板・番線表示は、玉電からですら姿を消した濃灰色に丸ゴシック白ヌキの旧タイプが一部の駅でしぶとく生き残っています。
施設関係の手入れは旗の台駅の改築を除き概ね一区切りついたかに見える池上線ですが、いつ何の拍子で変貌するかわかりません。これから暫く、緑色の時代はあまり手の回らなかったこの手の記録をまめに進めておこう、と思っている今日この頃です。 FI2595543_5E.jpg 【左上:五反田駅番線表示/左下:戸越銀座駅下りホーム駅名板/中上:戸越銀座駅上り方駅舎/中下:石川台駅下り方駅舎/右上:洗足池駅連絡通路/右下:久が原駅上り方駅舎 全て2007.4.1 R1】
COMMENT: AUTHOR: シバッチ DATE: 04/09/2007 22:58:11 池上・多摩川線にも今年度から新車が投入されるそうなので、7600や7700も記録
しとかないと、淘汰される日も近そうですよ。 ----- COMMENT: AUTHOR: 司食鳥弟 DATE: 04/10/2007 23:25:07 今回はM6にコダクロームですか。
気合入ってますね~

新車導入で>>>>>な1000も案外アッサリ淘汰されて、「あの時撮っておけばorz」となるかも・・・
上田あたりが欲しがっているでしょうしねぇ~ ----- COMMENT: AUTHOR: cjm DATE: 04/12/2007 01:26:40 >シバッチさん
そう…一応(某子会社の塗装をパクったw)新車へ置換えの話は頭にはあるんで、バッド社のライセンスプレート付で作られた一党はマジメに撮っておかねばと思っています。
>司食鳥弟さん
で、その新車が全部投入されても残る予定、なのが『>>>>>1000』な理由(w
雪ヶ谷の1000は90年代初頭の新製投入ですから、少なくともあと10年くらいは社内で使い倒すでしょうしね。 ----- COMMENT: AUTHOR: 司食鳥弟 DATE: 04/17/2007 01:18:45 調べてみたら、7600も7700も既に40年も昔の車輌なんですな。
ところで10年後に「>>>>>1000」から「1000>>>>>新車」になるころには
コダクロームどころか銀塩フィルム自体が超レアになっていたりして・・・ -----         
  1. 2007/04/09(月) 01:01:38|
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鉾田線、今度こそさらばです 【旧Doblogエントリ】

また鉾田線に行ってしまいました。しかもよりによって2週連続で…。

かねてより“廃止直前の鉄道には近づかない”のがモットーだった私としてみれば極めて異例のことです。
鉾田も、去る2/4の訪問を最後にしよう…と内心決めてはいたのですが、まあなんというか、人付き合いの絡みもあり続けて足を運ぶハメになってしまったのでした(^^;)

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【KR503+501の2連が入線。ホーム上にはお名残乗車の客が鈴なり。 鹿島鉄道 石岡 2007.3.10 R1】

まず、3/10は友人2名とクルマで。
道中のていたらくぶりはこちら(馬子氏ブログ)をご覧いただきとうござりますが、そもそもこの日のお出かけは、いねむり某氏のニコンD50に古いニッコールを装着した場合のテスト撮影をやろう、というのが主旨でして、目的地はどこでもよかったのです。しかし他2名が「じゃあ鉾田」と言い出したもんでこうなった次第(^^;)

まあ撮影に行くのに時刻表を忘れるようなザマではありましたが、限定運用故もう動く姿を見ることもあるまい…と思っていた夕張キハの力走をカメラに収めることができたのは幸いでした。

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【鹿島鉄道 キハ714+キハ602 八木蒔―常陸小川 2007.3.10 M6 28mm PKR】

もちろん、常陸小川にも行きました。前エントリで触れたとおり、もうDD901の姿は見られませんが、それだけならまだしも、貨物ホーム末端の車止め代用のシャロンまで姿を消していました。
解体の真の理由が改めて浮き彫りにされたようで、ただもうあらん限りにマユをひそめるしかありませんでした。

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【鹿島鉄道 常陸小川 左:2007.2.4 右:2007.3.10】


話は変わって3/18。ダメ押しでもう一回の訪問は、ニョーボ同伴です。といいますのも、去年の暮れ頃に出た酒井順子の本に感化されて「行きたい」などと言い出したからです。
もっとも、その話が出たのはもう2ヶ月くらい前のことですが、夫婦揃って丸一日空いてる休日が結局3/18しかなかったので、こんな廃止直前に近い訪問になってしまった次第。
ルートは上野から特急で石岡へ、そして鉾田線を乗り通し、新鉾田へ出て鹿島臨海鉄道を南下、最後に鹿島神宮に詣でて東京に帰ってくるというもので、まあぶっちゃけ例の本に出てるのと同じ行程ではありましたが…(^^;)

この日も幸いだったのは、常磐線で石岡を降りてすぐの接続がキハ714+キハ602の2連で、キハ714にお別れ“乗車”も果たせたことでした。初めての訪問以来、同社の気動車の中で一番の好みにもかかわらず、運用が限られているおかげで縁の薄かった夕張キハの稼動に2回続けてお目にかかれたのは、路線の廃止決定、DD901の解体と続く中でのせめてもの慰みです。
途中、浜駅で降りて、初めて霞ヶ浦を波打際まで近寄って眺めたりもしましたが、一本後にやってきた列車はKR500の3連―結局、714が最後の旧型気動車乗車となったのです。

テレビカメラまでやってきてごった返す鉾田駅を、これで最後のお別れ…と後にし、新鉾田から鹿島臨海鉄道の客に。
しかし、ひたすら近代的でツマラン…という印象のあった同線も、久々に乗ってみると、線路こそ高規格なれど車窓はたいそう長閑で、車輛(キハ6000)も見てくれはさておき、足廻りはたかだか230psの竪型エンジン(=床に点検蓋アリ)にDT22と同系のコイルバネ台車ですから、乗り味はもはや古典の領域に入りつつあるシロモノ。そして何より、周囲の乗客はまったくの普段着。お別れ客がスシ詰めで殺伐としていた鉾田線より、よほど旅気分を味わえたのは皮肉なことでした。

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【上左:石岡に入線のキハ714。駅員氏がドアノブを掴んでいるのは半自動扉ゆえ/上中:霞ヶ浦の波打際。浜駅近く/上右:賑わう鉾田駅。TVカメラが向けられているのは“かしてつ応援団”の高校生たちの出店。/下左:鹿島神宮駅に佇む臨海のキハ6000。ホームには鳩がたくさんいた/下中:鹿島神宮境内の“御手洗池”/下右:帰りの電車は高尾行の臨時『あやめ』…ヘンな団臨用電車が充当されていた。 全て2007.3.18 R1】

ともあれ、廃止まであと一週間余りを残してはいますが、私の中で鉾田線は幕を引きました。永年ご苦労様、と月並みな言葉しかかけることはできませんが…

最後にお目にかけるのは、石岡駅の出店で売っていたキハ型の文鎮。パンパチな出来ではありますが、香典代わりに求めました。
ちなみに、スケールは1/180くらい?でNにもZにもならないサイズですので、“模型化”は徒労であろうと言っておきます(w

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COMMENT:
AUTHOR: 電磁男
EMAIL: kondo@k-do.com
DATE: 03/22/2007 17:26:04
今週末も行く?(←鬼)
それとも栗駒詣(←もっと鬼)
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COMMENT:
AUTHOR: cjm
DATE: 03/23/2007 01:25:43
兄貴~!ご勘弁を~<(_ _)>
今週末は焼肉が…来週末は某予約大作戦が…(謎
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  1. 2007/03/22(木) 05:00:41|
  2. 外出(鉄)

ひさびさづくしのおでかけ 【旧Doblogエントリ】

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今日はひさびさに鉾田線に行ってきました。実に4年半ぶり。

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この手の写真を、“友達とクルマで”じゃなく“一人で”・“駅から歩いて行って”撮ったのもひさびさ。

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そして何より、こいつらをまとめて担いで行ったのもひさびさでして。
足もさることながら肩が痛いっス(^^;)

ともあれ、詳細はまた後日…




COMMENT:
AUTHOR: 馬子
DATE: 02/05/2007 12:33:53
かなり駅から歩いたね~。乙でした。
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COMMENT:
AUTHOR: 栗○中将
DATE: 02/05/2007 16:34:16
風強かったでしょ?
オイラは、つくば市内で行われた子供の英会話検定の付き添いの合間に、近くでやっていたゴルフGTIの試乗会に紛れ込んできました。 うう良いかも(^^) 
なんたって”外車”ですから(笑)
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COMMENT:
AUTHOR: cjm
DATE: 02/05/2007 23:35:13
>馬子殿
つっても歩いたのは桃浦―八木蒔間だけです。あとで調べてみたら駅間距離はたったの2.1km(^^;)。昼過ぎから夕方までこの間を行ったり来たりしてたので実際には総じて5kmくらいは歩いてると思われ、ですが、それでも今日は禿しく筋肉痛です。ダメだこりゃorz
>栗○中将さん
PC死亡中にご来訪おそれいります!
歩いた、と書いてますが石岡までの足は外車(w)でした。
風は午前中がひどかったですね~。行きの常磐道はまっすぐ走れなかったし、石岡駅では「常磐線は強風でダイヤが乱れてます」と盛んにアナウンスが響いておりました。
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COMMENT:
AUTHOR: 司食鳥弟
DATE: 02/06/2007 00:53:30
久々に銀塩出撃ですか?
もしかしてコダクロームの撮り納めとか?

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COMMENT:
AUTHOR: cjm
DATE: 02/06/2007 22:21:00
>司食鳥弟さん
確かにコダクローム回してましたが、撮り納めじゃないです。
今年暮れまで堀内で現像できるし、それ以降は太平洋を渡らせればいいだけのことです。
まだだ、まだ終わらんよ!w
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COMMENT:
AUTHOR: 司食鳥弟
DATE: 02/11/2007 10:28:47
>太平洋を渡らせればいいだけのことです。

つまり、昭和20年代~30年代に戻る訳ですな・・・
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  1. 2007/02/05(月) 00:35:16|
  2. 外出(鉄)

やんぬるかな 【旧Doblogエントリ】

もう2週間前の話ですが―

意を決して、見てきました。

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電車を輪切りにして足もいでブン投げとく…こと自体はこのさいどうでもよいが、それが何故よりによって5001番なのか
この個体がいままで残されてきた経緯を思うとどうにもやりきれませんが、もはや覆水盆に帰らず。
ここでは敢えて、虚しさを助長するアングルのみを晒しておくことにします。

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【渋谷ハチ公前広場 電車モニュメント(元東京急行電鉄デハ5001車体) 2006.11.4】



COMMENT:
AUTHOR: 司食鳥弟
DATE: 11/19/2006 02:30:06
なんでこうなっちゃったんでしょうね??
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COMMENT:
AUTHOR: cjm
DATE: 11/19/2006 03:09:27
>司食鳥弟さん
今はまだ(っていうより、ここでは)語るべきでないとも、語り出せばキリがないとも。

まあ、くわしくは来週日曜にでも…
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COMMENT:
AUTHOR: 平尾
DATE: 11/19/2006 21:39:53
乗客の少ない地鉄への払い下げとか、カーブのきついレイアウト用とかいうのなら赦されますが、これはちょっとかわいそー。
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COMMENT:
AUTHOR: cjm
DATE: 11/20/2006 02:22:22
平尾社長、ご来訪ありがとうございます<(_ _)>
この件、けっこうファンのあいだでも賛否両論でして、「クラにしまわれているよりも、こういう形であってもみんなに見てもらえる方がいいじゃないか」という声もあります。まあ私の場合はごらんの通り「ダメだこりゃ!」というスタンスなわけですが。

その一方で、見に行ったその場で「この長さで背中合わせの連接車にしたら面白そう…」なんてバチ当たりなことを思ったりしたのも事実。しかし、通りがかりのどっかのバアサンが「あら、これ玉電じゃない」とつぶやいたのが耳に入り、我に帰りました―「5000をぶった切って連接にしてローダウンしたらまんまペコじゃん!」と。東急5000と玉電200はまさしく兄弟の関係であることに改めて気づかされた次第でありました。
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COMMENT:
AUTHOR: シバッチ
EMAIL: shibata@r01.itscom.net
DATE: 11/22/2006 00:44:26
渋谷区は、『「鉄くず」になるところをこうやって保存した』とコメントしています。確かに
東急車輌の敷地内で放置・雨ざらしになっていた(フットサル場のすぐ横に2両並べてあった)ことを思うと、やっと正式に表に出て来たのですが中途半端ですね・・・相棒の
5201の今後が心配です。
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COMMENT:
AUTHOR: 馬子
DATE: 11/23/2006 23:58:57
写真だけ見たときは、「よく似せて作ってあるな~」と思ったんだけどねぇ。
ハチ公も苦笑しているにちがいない。
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COMMENT:
AUTHOR: まーくん
DATE: 11/25/2006 11:43:17
まぁ実物がBトレ化されたということで...
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COMMENT:
AUTHOR: cjm
DATE: 11/28/2006 23:15:53
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基本的にレストアというものは、どんなにボロであれ、欠品がなく、形さえ残っていれば、あとの問題は資金だけです。旧い物を後世に残すためには、まず、何よりも「棄てないこと」が大切で、状態など二の次、三の次です。棄てさえしなければ、もし私たちの世代でレストアされなくとも、次の世代でレストアされる可能性が残ります。
(フルヴィアートHP http://www.fulviart.jp/kb.html より)
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COMMENT:
AUTHOR: cjm
DATE: 11/28/2006 23:17:13
>シバッチさん
↓の考えでいけば、八景の奥で腐っても欠品ナシでいた方がマシだったかもしれん、ともいえます。
もっとも、八景の会社がハナから全部棄てるつもりでいたとすれば言葉もありませんが…

>馬子さん
某氏に教えていただいたとき何かの悪い冗談だと思いましたが、ほんとうに悪い(ry

>まーくん
やっと実物が追いつきましたねえ(しかし追いつくのに5001を使う必要は全くない)。
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  1. 2006/11/18(土) 18:10:46|
  2. 外出(鉄)

井笠ホジ9はいま 【旧Doblogエントリ】

ひさびさにマトモ?なネタをお目にかけましょう。
月曜から火曜にかけて、めずらしく出○で山陽方面に行くことになり、むりやり時間を捻り出して笠岡に立ち寄りました。そう…お目当ては駅近くの陸橋下に保存されている井笠鉄道のホジ9です。

じつはここには、20年近く前にも一度訪問したことがあるのですが、そのときの状態はかなりの荒れ放題で、少々悲しい気分になったことを覚えています。
なにしろ井笠のホジ7~9は、私にとって最もお気に入りの軽便気動車でして、中坊の頃に乗工社の梅鉢単端を必死に改造してこんなもんをこさえたこともあるくらいだったのですから。
しかし、その後etopirikaさんのサイトで綺麗に塗りなおされた姿を拝見したときには思わず胸を撫で下ろしたものです。

FI2595526_1E.jpg

さて、今回の久々の対面は慌しいものでした。笠岡駅に滞留可能な時間は僅か20分余。福山から乗ってきた転クロ改造の113系特保車から降り立ち、駅前風景を慌しくスナップしつつ駅西側の陸橋へ。左手には軽便が在った頃を今なお強く彷彿させる笠岡駅の構内、右手には井笠の本社を望みつつ早足で陸橋の上を進み、国道2号を渡ったところでイッキに駆け下りていよいよホジとご対面!となったのですが…

FI2595526_2E.jpg


果たして、憧れの君の姿はといいますと、あんまし昔と変わりませんでした(苦笑)
すっかり褪せた塗装、落書き、片側盗まれたヘッドライト…上記のetopirikaさんのサイトの写真の撮影日がちょうど4年半前ですが、それしきでこうも変わってしまうとは。
まあ、塗装の傷みについては、目の前が漁港で、いかな外海に比べれば穏やかな瀬戸内といえど潮風をモロに食らう環境ですから致し方ないところでしょう。
後2者は何ともやるせない話ですが、このホジの場合、窓ガラスが全て除去され、扉も開きっ放し(で固まって閉まらなくなっている)という“割れ窓理論”の悪しきサンプルを地で行ってしまってるのもよろしくないのかもしれません。

FI2595526_3E.jpg

あと、気になるのは、車内に上がれるようにコンクリ製のステップが新たに設えられていることなのですが、なぜか車体の出入扉とは位置がズレていてプチ・トマソン化wしています。ちょうど周囲では陸橋の支柱の耐震補強工事をやっている最中で、その関係で一時的に車輛をズラしたのか、それともステップをつけたものの、やはりみだりに車内に入られては困るとあとから意図的にやったのか、量りかねるところです。

FI2595526_4E.jpg

ところで、このホジ9の保存場所には『笠岡市交通公園』という立派な名前があります。ホジが来る以前は、コッケリルの9号機が置かれていたことは軽便ファンの皆様ならよくご存知でしょうが、ホジの撮影を終えて駅に向かおうとした矢先、陸橋へ上がる階段の傍らに小さな碑があるのを見つけ、思わず足を止めました。
碑文には『笠岡交通公園/この公園は、もと日本道路公団理事立神弘洋氏夫妻が交通事故で死去されたのを悼み、交通安全を願うその遺族の寄金をもとに設けられた。/昭和43年8月 笠岡市長 小野 博』としたためられています。
そんなわけで、最後に、以前は気にとめることもなかったこの公園の来歴を知ったことを土産に、東京の事務所へ戻るべく慌しく笠岡を後にしたのでした。

*写真全て2006.10.31 山陽本線笠岡駅周辺にて

FI2595526_5E.jpg



COMMENT:
AUTHOR: 元社員
DATE: 11/02/2006 20:47:49
こちらではごぶさたしてます.
私は現物を見たことはありませぬが(ホジ),画像で見る限りではそれほど荒れているようには見えないんですが,目の当たりにするとそうでもないんでしょうね.
それとも,某所で放置されているコッ○ルの惨状を見慣れてしまったせいでしょうか.
(ちなみにそのコ○ペルですが,本当に大丼川に行くらしいです.やれやれ)
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COMMENT:
AUTHOR: cjm
DATE: 11/05/2006 00:52:47
>元社員さん
うちのクルマも写真に撮るとそんなに汚く見えない、のと一緒です(w

某所のアレは大井川行きですか…行くのはいいけど、その先どうしようというのか(~~;)。
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  1. 2006/11/01(水) 04:42:32|
  2. 外出(鉄)

三連休は出ずっぱり 【旧Doblogエントリ】

世間はいわゆる三連休ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私はといえば、ニョーボと土日一泊で富山へ行ってまいりまして、初めてこんなのとかこんなのに乗りましたです(後者は富山港線時代除く)。泊まりは魚津の北山鉱泉に。

FI2595524_1E.jpg

しかし、ご存知の通り各地で船もひっくり返るような空模様ゆえ、お山の上の眺めも写真のようなていたらくorz
さらには帰りの“はくたか”が上越線運休のアオリで長岡行に化けてしまい、おかげで夫婦揃って地元の区長選挙の投票が棄権になっちまったorz(せっかく夜8時に投票所に辿りつけるようにキップ取ったのに…)

で、気を取りなおして連休最終日はのんびりしたいところなのですが、明日はやんぬるかな法事で関西に行かないかんのであったorz
まあ、新幹線ではひたすら寝ることにします…

【写真上左:関西電力 黒部ダム 2006.10.7 上右:富山ライトレール 岩瀬浜 2006.10.8 下:立山黒部貫光 大観峰―黒部平車窓 2006.10.7】
FI2595524_2E.jpg
      
  1. 2006/10/09(月) 03:07:47|
  2. 外出(鉄)

2年ぶりのゆめ牧場@GW 【旧doblogエントリ】

FI2536497_0E.jpg

GWは思えばここ2年ほど“木曽”行きに忙殺?されておりましたが、今年は久々に予約だの渋滞だのとは無縁の連休を過ごすことにしました。といっても、別に引きこもりっぱなしだったワケではありませんで、3日は羅須の蒸機運転を見にいざ、成田へ!
今までほぼ毎年欠かさず行っていた成田も、じつは2年ぶりでして、これまたしばらく遠出の機会がなかったわが愛車にムチ打って、友人某ともども現地を目指しました。
渋滞と無縁と言っときながら、ちょっとだけ首都高で渋滞にモまれましたが、まあ許容範囲ってことで…(^^)。

FI2536497_1E.jpg
現地ではさらに、KMCの仲間やら某先輩一家やらとも落ち合い、昼間はロクに写真も撮らず(今までに比べれば、ですが)、ガラスハウスの近くで“汽車見酒”と洒落込んでおりました(^^;)

FI2536497_2E.jpg
客扱いの合間には、いとしのKATO5号機&ナベもゲリラ的にお出まし!
5号の黄色いレタリングとクルーの笠は、台湾風コスプレ?との由(^^)

FI2536497_3E.jpg
今回は、銀塩カメラを持っていかなかったかわりに、模型を…
インジャンジョーの座席を拝借しまして、オノデラさんの縦ガマや私の乙ナベ列車の撮影会を敢行、羅須の皆様にすっかり呆れられ?たりしておりました(^^;)

FI2536497_4E.jpg
昼間に気分よくビールなんか呑んでしまったもんで、酔いがさめるまで汽車を眺めながら時間つぶし…こらまたじつにゼータクな時間つぶしではあります(^^;
陽もすっかり傾き、クラの前でナベ風呂の準備が始まるのを横目にゆめ牧場をあとにしたのでした。
ちなみに、この日は汗カキで有名な?私がウィンブレ羽織ってても殆ど汗をかかないくらいの涼しさ(というよりは肌寒さ)だったのですが、陽射しの強さはバカになりませんで、帽子の跡がクッキリ残る情けない日焼けをしたあげく、今日もまだ顔がヒリヒリとしております(^^;)

★写真すべて2006.5.3撮影 1枚目:東関道酒々井/他4枚:成田ゆめ牧場まきば線

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COMMENT:
AUTHOR: ふくい
DATE: 05/08/2006 22:23:50
長者丸さん、ご来訪ありがとうございました。
今回は3日間とも天気に恵まれまして、最高の運転会日和でした。
写真を撮りに来られた皆様は「フィルムが足りない・・メディアも足りない・・・」と
悲鳴を上げておられたようです。
もっとも、5分おきとか10分おきとかに蒸気が走ってくる軽便も珍しいですよね。
またのご来訪、お待ちしています。ぜひ次回はナベ風呂をお楽しみください。
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COMMENT:
AUTHOR: cjm
DATE: 05/10/2006 00:31:41
>ふくいさん
3日は色々とありがとうございました<(_ _)>
そちらの活動日誌も今回は特盛ですね!4日あたりは凄まじいことになっていたようで…太平洋炭が足りないとはお聞きしましたが豆炭まで投入されたとは!
おフロはまたいずれぜひ…密かに安全靴も買いましたし(^^;


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  1. 2006/05/07(日) 04:03:48|
  2. 外出(鉄)

しろがねの鯨・カシオペア 【旧Doblogエントリ】

去る2/17~19にかけて、北海道に行ってきました。
以前よりニョーボから「列車の食堂車で食事がしてみたい」というリクエストがあったのですが、そうなると今の日本では、皆様ご存知のとおり札幌行きの寝台車に乗るしか道がないわけです(^^;
東京(上野)からの場合、『北斗星』と『カシオペア』という2つの選択肢がありますが、24系客車は過去に幾度か経験済みということもあるし、どうせなら思い切ってカシオペアに乗ろう!ということで話がまとまったのでした。

FI2350368_0E.jpg

取った部屋は一番安い普通の2人個室(カシオペアツイン)の2階。天井がやや低くて圧迫感はありますが、床面積は相応に広く、A寝台を謳うだけのことはあります。乗車の当日は上野の地平13番線に着いたときはすでに列車入線済で、旅立ちが慌しかったのがチト悔やまれますが、列車が動き出してからは、夫婦ともどもせっかくだからとシャワー室を使ったり編成端っこの電源車サロンに遠征してみたりとすっかりおノボリさん状態(w)。目的である食堂車も夕・朝とも堪能できたし、海峡を越えてからの夜明けの車窓の雪景色もまた格別。それなりに奮発した甲斐はあったと思います。

FI2350368_1E.jpg

ただ、ひととおり楽しんでおいて言うのもナンですが、カシオペアという列車は実際に乗ってみると、世間一般に抱かれているイメージと違い、決してとびぬけて“高級”“豪華”なわけではないよな…というのが率直な感想です。
まず、車内設備全般は、20系客車の誕生当時と直接比べることにムリがあるのは承知の上でいえば、“走るホテル”というよりは“走る東横イン(またはAPAでもα-1でもよい)”というノリ。何輛かごとに用意されているシャワーも、お湯が出るのが6分間の制限つきなので、気分的に慌しいことこの上なし。
あと、ツインに関しては、A寝台でありながらベッドメイキングを客が自らやらにゃイカンのがねえ…。昔583系の昼行特急で勝手に座席ヒリ出し昼寝してて車掌に怒られた(w)経験のあるような身にはそれなりに面白くもありますし、旅館で仲居さんが布団敷くため部屋に入ってくるのを煙たがる風潮もあるご時世では、むしろ客が好き勝手にできる方がサービスだともいえなくはないですが、少々複雑な気分ではあります(--;

FI2350368_2E.jpg

そこいらのブルトレとの大きく異なるのは、食堂車を中心に大勢のクルーが乗り込んで客のセワを焼いてくれることですが、我々が乗った日のアテンダントの布陣は、ルックスよりも、揺れる車内でも動じずに給仕のできそうな体格で選抜した…といわんばかり(^^;)。最初は上手い喩えが見つからなかったのですが、帰京後ある友人にディテールを説明したら「ああ、田舎の高校のソフトボール部のお姐ちゃんて感じ?」という明快な答えが返ってきました(^^;)。
フォローしておくと、みなさん愛想のいい方ばかりで、客の身としては決して不快ではなかったのですけど、“萌え”を期待して乗らない方がよいかと。もっとも、食堂車で周囲を眺めた限りでは、客層は40代以上の夫婦者が圧倒的でしたから、その辺を考慮しての人選なのかもしれませんが。

FI2350368_3E.jpg

とはいえ、札幌行き寝台列車について言い尽くされている評ですが、飛行機なら数時間で済むところを、車内で複数回食事を摂りつつわざわざ丸一日近くかけて目的地に向かうこと自体が、今となっては得がたい行為なのだなあ…というのは改めて実感させられました。
妙な喩えですけど、昔は当たり前だったクジラの肉を有難がって食べるようなものなのかも知れません。

FI2350368_4E.jpg

<写真全て2006.2.17~18 上から、ラウンジカーより望むef81の顔/カシオペアツイン内部(6号車2階室)/北海道のどこか(w)車窓/ディナーの様子/札幌駅到着後回送されるカシオペア>


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COMMENT:
AUTHOR: cjm
DATE: 02/28/2006 00:40:31
自己レスですが…最後の段落の写真Cap、EF81がef81になっちゃってるのはバグです。なんとかならんのかね
え(--; <←注:doblogアップ当時>
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COMMENT:
AUTHOR: 懐煙
DATE: 02/28/2006 21:42:00
いいなあ~
実物に弱いのですが、電車、客車、新幹線と一通り食堂車で食事をしました。
齢を重ねてからは、食事よりも飲んでいました。
メニューはいつもハンバーグ(まあこれがご馳走になる歳です)
つくづく長者丸さんの奥さんのご主人思いが伝わってきます。
趣味はほどほどにと野暮なことは言いません。奥さんとの素晴しい
時間を中年おじさんにも刺激として聞かせてください。
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COMMENT:
AUTHOR: cjm
DATE: 03/01/2006 01:30:54
>懐煙さん
ううう愚妻には勿体無いおことば…<(_ _)>
まあ、今回はちょっと特例でしたが、基本的にニョーボは行き先に温泉さえあれば行程に多少鉄分があってもわりと平気なので助かります。そのかわり、模型絡みの場所には絶対についてきませんが(^^;)

私の場合、札幌行ブルトレ以外にも食堂車が残ってた時代は貧乏旅行の真っ只中だったのでほとんど縁がなく、じつは過去の経験はガキの頃家族旅行で乗った14系さくらと、10年ほど前の100系ひかりの2回きり…今にして思えば、コーヒーかビールだけで居座る機会もなくはなかったのに、と思うと口惜しいです(^^;)
         
  1. 2006/02/27(月) 23:15:34|
  2. 外出(鉄)
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