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作業部日誌V3

        

立山砂防軌道 車輌リスト(2020.12改訂版)

砂防の車輛リストだが、今までの北重動力車以外に、付随車(人車・貨車)もリスト化に手をつけてみた。付随車に関しては、管理番号も記載されているネコ社『模景を歩く』掲載のリスト内容をタタキ台とした1996年以降の内容としている。
むろん不完全なので今後も随時更新は行うが、とりあえずは宍粟市への譲渡車輛情報まで盛り込んだ2020年12月時点の内容である。






★2021.1.31追記
・上記と同じファイルを自鯖にも上げておいたので、リンクを提示しておく。

⽴⼭砂防軌道 北陸重機製動⼒⾞⼀覧表(2020.12.16改訂)
http://www.chojamaru.com/sabo_hokuju_list_201216.pdf

⽴⼭砂防軌道 人車一覧表(2020.10.25)
http://www.chojamaru.com/sabo_jinsya_list_201025.pdf

立山砂防軌道 貨車(運搬車)一覧表(2020.12.16)
http://www.chojamaru.com/sabo_unpan_list_201216.pdf

・2020年度限りで5t機:6-10-15と1t台車:122が退役となるようだ。
https://www.hrr.mlit.go.jp/tateyama/keiyaku/sonotakoubo/200928/200928.pdf
(↓ミラー)
https://drive.google.com/file/d/1uzNLGnzMCQyfF75vtk8hxRQ6V-Z7twf6/view



 
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

  1. 2021/01/03(日) 00:33:05|
  2. 立山砂防
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立山砂防軌道 北陸重機製動力車一覧表(2020.7改訂版)

神岡の旧奥飛騨温泉駅前に、もと立山砂防の5t機が保存された、というニュースが流れてきた。
https://twitter.com/kamioka_funatsu/status/1283967215256010752(※リンク消滅)

あそこには元々57-10-28があったはずだが?…と思いよく見ると、同じ'80年代スタイルの北重5t機なれど、別個体であるのは間違いない(57-10-28はユニック装着化改造時の名残りで端梁のディテールが他機と異なる)。
さらに検索して解像度の高い写真をアップしている記事(※リンク消滅)を確認した結果、去年は千寿ヶ原のクラの中にいた62-10-94が退役・譲渡されたと判ったのである。
そんなわけで、以前上げた一覧表 をさっそく修正してみた。↓

立山砂防軌道 北陸重機製動力車一覧表(2020.7.18改訂)

62-10-94の動向以外に、'00年代型5t機の備考にも若干加筆してある。

sabo_hokuju_list_200718_capture.png

なお、冒頭でリンクを貼ったツイートをご覧いただければわかるが、そもそもは「これのどこが(2ft時代の)神岡の機関車と同じやねん?」という文脈で盛り上がっていたもの。
そりゃまあ、“軌間2ft・L型車体で軸配置B型のローラーチェン駆動内燃機”であるところまでなら同じっちゃ同じなんですけど。ねえ。
 


【2020.11.20追記】

★当初張ったリンク先が消滅してしまったため、まず保存を報じた新聞記事のリンクを含む別のツイートを再掲する。
https://twitter.com/uguigawa/status/1283785039948337152?s=20
また、車体の番号が判読できる写真も、岐阜新聞の記事が消えたので、代わりに飛騨市の広報ページをご紹介しておく。
https://www.city.hida.gifu.jp/soshiki/47/22511.html
しかし、保存となったこの62-10-94、2020年11月1日時点で、車体の色が紺色に塗り直されてしまったそうである。
https://twitter.com/kamioka_nishi/status/1322827053620604928?s=20

★譲渡直前まで千寿ヶ原に居たらしい?62-10-94
中日新聞 2020年7月16日 05時00分 (7月16日 11時50分更新) 配信の記事 https://www.chunichi.co.jp/article/89766?rct=gifu には、『飛騨市神岡町のレールマウンテンバイク「ガッタンゴー」の旧奥飛騨温泉口駅前に十四日、富山県の立山山腹の砂防工事現場で作業員を運ぶトロッコを引いていたディーゼル機関車がお目見えした。』とある。
すなわち、奥飛騨温泉口への搬入と公開は2020年7月14日に行われたということなのだが、実はそのわずか10日前=7月4日に自分が千寿ヶ原を訪問した際に撮った写真を見直した結果、62‐10-94はその時点でまだ千寿ヶ原の庫内に居たことが判った。

a16_sabo_62-10-94_200704_P1140176_re.jpg
▲2020.7.4 千寿ヶ原にて。あいにく車番は写っていないが、前年に撮影した写真との比較で、赤丸にて示した手スリの錆から62-10-94と特定。
  
だから何だと言われればそれまでだが、62-10-94が千寿ヶ原に居るのを目撃した最後のマニアはたぶん私である(笑)。



★2021.1.31追記:
一覧表は随時改訂を行っています。最新版別エントリをご参照下さい。

   

テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

  1. 2020/07/18(土) 20:24:10|
  2. 立山砂防
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立山砂防軌道 北陸重機製動力車一覧表

今年の軽便祭エッチング板に絡めての調べ物。8月末頃からSNSにアップを始め、追って先輩方からご提供いただいた写真も交えつつ何度か改稿を繰り返しているが、ここでひとまず現時点('19.9.12)の最新版を固定しておく。

立山砂防軌道 北陸重機製動力車一覧表(2019.9.12改訂)

sabo_hokuju_list_190912_capture.png

A4一枚モノのPDFだが、掲載画像のほとんどは、画面表示を400%以上に拡大していただければ車体の番号が読める程度の解像度にはしてある。
また、訂正すべき情報等あれば、ぜひご教示をいただければ幸い。



★2019.9.22追記:
54-10-59と54-10-60の識別点について



★2021.1.31追記:
一覧表は随時改訂を行っています。最新版別エントリをご参照下さい。

テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

  1. 2019/09/15(日) 17:06:25|
  2. 立山砂防
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戦後営業線軽便蒸機のタイムライン

チト古い話になるが…今年の正月明け、前日の新年会の酒も抜け切らぬ通勤途上のこと。電車の中で電話機の画面を眺めていたら、ツイッターでポン引き氏のこんな投稿が目に入った。

折りしも2017年の暮れにトミーテックの『猫屋線』でシリーズ初の機関車(DL+客車/貨車のセット)が発売された矢先のこと。その前後で「次は何を出してくるのか?」「蒸機を出す可能性は?」といった話の流れになっていたのだが、それを見ているうちに、国内の軽便鉄道において、猫屋線製品のようなツートンカラーの旅客車輛と蒸機の組み合わせは実際にはどのくらいあったのだろう?という辺りを可視化してみたくなり作成したのが、以下リンク先のタイムライン形式のリストである。
(↓画像をクリックするとPDFの表組が開きます)

timeline_imege.jpg

はじめは、『戦後味噌汁軽便蒸機のタイムライン』と題し、昭和29年以降に残存した旅客営業線という条件でまとめて一旦ツイッターにアップした。路線残存時期を“昭和29年以降”としたのは、少なくとも昭和25年から気動車の2色塗りを採り入れていた鞆鉄道(=昭和29年廃止)をリストに加えたかったため。一方で、個人的に“味噌汁軽便”のイメージからは外れている…と感じるいくつかの鉄道を意図的に省いた。

しかし、「別子や釜石をナゼ載せない?」という声をいただいたり、そもそも明らかな間違いがあったりで改稿を繰り返しているうちに、どうせなら“戦後全部入り”にしてみるか…ということに。最終的に、収録の基準は『昭和20/1945年以降に旅客営業実績のある軌間1,067mm未満の国内の鉄道()』とし、蒸機が存在しなかった鉄道に関してもひととおり記載している。〔路線については“戦後(=第二次世界大戦後)”と銘打っているため、朝鮮・台湾等の旧領土と、1945年3月時点で営業停止となった沖縄県営鉄道は除外。ただし機関車は1945 年の年初~8月15日の間に廃車・除籍となったものも含む場合あり〕
なお、収録した鉄道の軌間は、神岡鉄道が610mm、西大寺鉄道が914mm である以外はすべて762mm。参考文献は表の末尾に記したとおり、基本的には市販の鉄道趣味書やウェブ上の情報がベースであり、一次資料にまで当たった内容ではない点はご留意いただきたい。

一通りまとめてみた結果、日本の軽便蒸機は昭和20年代のうちに実質的に終焉を迎えている一方で、多色塗りの旅客車輛が増えてくるのは昭和30年代に入ってからであり、当初の目論見である“蒸機と塗り分け車輛の組み合わせ”の事例は案の定かなり限られるということが見えてきた。
しかしながら、機関車ごとの在籍期間については、先達の研究の賜物でおおむねカタチにはなったものの、旅客車の塗装の変遷はまだまだ調査が必要な領域だと感じずにはいられない。1960年以前になると残されている写真の絶対数が一気に減る分、色そのものはもちろん『いつから2色塗りに変わったか』というだけの判断すら困難になるが故ではあるのだが…

cb_ikasa7_090705-ogoya5_150628.jpg
▲戦後に限っていえば、日本の営業線軽便蒸機の2大勢力はコッペルと立山重工だった。(井笠鉄道7号 野辺山SLランド 2009.7/尾小屋鉄道5号 小松市ポッポ汽車展示館 2015.6)

…それにしても、表をいったん仕上げてから半年余。トーマさんとこから猫屋向けを意識した雨宮コッペルの(金属製にしては)廉価な完成品が現れたのみならず、当の鉄コレ猫屋線からも蒸機の製品化が発表されたのにはビックリである。
いずれにせよこのリスト、皆様なりに内容を読み取っていただいたうえで、ご自分の模型鉄道の設定などにお役立ていただければ幸い。

※表の内容で修正すべき点があれば是非ご教示下さい。
  
  1. 2018/11/10(土) 23:59:59|
  2. 調べ物(鉄)
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